マーケティング

2024.12.25 15:15

「自給自足経済」の島国サモアで考えた、マーケティングの限界と本質

ファイアダンスを披露するサモア・サバイイ島の少年

サモアの人々はおおらかな国民性だ。働いている間もプライベートでも、よく歌を歌って過ごしているサモアの人々はおおらかな国民性だ。働いている間もプライベートでも、よく歌を歌って過ごしている

筆者はこれまで世界中を巡ってきたが、これほどおおらかな国民性の国に出あったことがない。朝、小鳥やニワトリの鳴き声で起き、家事や農作業をして、昼は「ファレ」と呼ばれる壁のない柱と屋根だけの建物で、仰向けになって昼寝。それからまた少し仕事をして、夕方は外でバレーボールをしたり歌ったりして過ごす。娯楽は少なく、せいぜいビールを飲んだり釣りをしたりビンゴゲームを楽しんだりする程度。こうした環境だが、誰もが満たされている。

世の中を覆う「不安をあおるマーケティング」

滞在中のある時、ふと考えた。マーケターとしてこの国で何かできることがあるのだろうか、と。答えは明白で、できることなど何もないし、何もすべきでないのである。
 
誰に、どうやって物を売るのかを考えるのがマーケティングの基本だ。しかし、そもそも物がないし、ニーズがあるかもあやしい。自給自足経済の中で無理やり何かを売ろうとしても、不幸を生むだけだ。
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遠浅の海で魚を獲る人々。自分たちで消費する分だけ捕獲しているようで、袋にかなり余裕がある状態で陸に上がった

遠浅の海で魚を獲る人々。自分たちで消費する分だけ捕獲しているようで、袋にかなり余裕がある状態で陸に上がった

翻って日本の市場。果たして、本当に必要な商品、サービスがどれだけあるのだろうか。今や「不安をあおるマーケティング」が世の中を覆うようになった。電車内の広告や屋外看板、SNS広告には、直視できないほど刺激的な、コンプレックスをあおるような文言が並ぶ。これらを見る限り、商品・サービスの何割かは「お金を稼ぐこと自体が目的化したビジネス」に思えてならない。

郊外の商店で店番をする少年たち。信用だけで回る小さな経済圏で商いを行っている

郊外の商店で店番をする少年たち。信用だけで回る小さな経済圏で商いを行っている

本当に必要なもの・サービスの「循環」を

筆者は、宍戸幹央氏との共著『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)の中で、以下のように書いた。
 
“世界の企業は「顧客体験向上」の名の下に、消費者の行動履歴をデータ化し、囲い込みを図ろうとしてきた。結果的に消費者の関心を過度に集め、不安をあおり、思考を奪うマーケティングを生んだ。決して顧客本位とはいえない。消費者にとっても企業にとっても、精神的なストレスは高まるばかりである。”
 
「マーケティングZEN」は、人間性、パーパス、持続可能性を大切にするマーケティングコンセプトである。「お金」はあくまで手段であり、「全体の幸福」を志向する。サモアの人々の価値観は、マーケティングZENの世界観に近い。

サモアではゴミをほとんど見なかった。大通りでは、頻繁に村人たちが掃除をしている。少し郊外へ行くと、大規模なリゾートホテルは存在しない。聞くところによると、村が土地を管理しているケースが多く、結果的に美しい自然が今も残る。サモアの人々は、人間性や持続可能性を何より大切にしている。資本主義の限界が叫ばれて久しいが、これから人類が目指すべき世界のヒントがサモアにあるのは間違いない。
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サモア・サバイイ島の美しい夕日

サモア・サバイイ島の美しい夕日

到着から数日もすると、当初不便に思っていた環境にもすっかり慣れて、むしろ居心地が良くなってきた。朝晩はスマートフォンで日本の仕事をこなし、日中は調査に精を出した。空いた時間はサモア人の友人らとおしゃべりを楽しんだり、海で夕日を眺めたりして過ごした。だんだんと本来の自分が解き放たれていくのを実感した。
 
人間性と持続可能性を大切にしながら、本当に必要なもの・サービスを、「販売」ではなく「循環」させていく。これこそがマーケターの役割である──。青のグラデーションの中で人々が漁をする様子を見ながら、そう確信した。

文=田中森士 写真=©︎PIC - Pacific Islands Centre / Shinji Tanaka

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