通信会社オレンジが制作した約2分の動画「WoMen's Football」を観ると、そうしたスーパープレーの数々をオムニバス形式でまとめたものに思える。しかし、それに興奮し熱狂するファンたちが映し出された後、そしてこんな文章が現れる。
「男子フランス代表チームだけが、こんな風に感じさせてくれる。だが、今あなたが見ているのは、実は彼らではないのだ」
Orange - WoMen's Football (case study) より
動画の後半に差し掛かるあたりで、秘密が暴露される。画面に突如ポインタが現れ、映像を加工して選手の見た目を操作する様子が公開されるのだ。
そして画面が左右に分割され、画面の右側には男子選手の華麗なフェイントプレーが、左側にはまったく同じ動きながら、別の女子選手が表示される。左側の女子選手が「加工無し」、右側の男子選手は「加工有り」。つまり元々は女子選手のプレー動画なのである。
Orange - WoMen's Football (case study) より
最後には次のような文言が流れる。
「我々オレンジは、サッカー男子フランス代表をサポートするとともに、サッカー女子フランス代表をもサポートする」
通信会社がジェンダー・バイアスを具現化
フランスの通信会社オレンジは、かつては公社で現在も最大級の通信会社であり、日本で言えば、NTTドコモに近い存在。同社は24年間にわたって仏サッカー界をサポートし続け、今は男子フランス代表も女子フランス代表も同じようにサポートしている。フランスではサッカー熱が高く、絶大な人気を誇っている。しかしながらそれは主に、男子フランス代表に対してである。男子フランス代表チームは、過去2度のワールドカップ優勝を誇り、直近の2022年大会でも準優勝に輝いている。
対するに女子フランス代表の人気は、男子に比べるといま一歩で、2023年の女子ワールドカップでも地上波放送の予定が無いような状態(この辺りは、日本の“なでしこジャパン”の方が一般的な人気は高そう)だった。FIFAランキングで5位を保持していたにもかかわらず、だ。
女子の人気がいま一歩な理由は、男子を応援している男性たちが特に、女子サッカーに対して、「テクニック的にたいしたことないだろう」という偏見を持っているからだった。そこで、同社はVFXを駆使してこの動画を制作し、主にそうした男性ファンたちに向けて発信した。
まず活用したのはX(旧Twitter)。最初は動画前半の、男性がプレーしているように見える部分だけを投稿した。そして数時間後には動画後半の「実は女性がプレーしている姿だった」と暴露する部分までを含んだ、フルバージョンを投稿した。こうした手の込んだやり方で投稿は瞬く間に話題となり、投稿当日に8つのメジャーな報道機関で取り上げられた。
結果として、20億回以上表示され、80万ドル(約1億2千万円)以上に当たるメディアリーチが記録された。また、最初にヨーロッパ、しだいに世界で拡散し、91カ国450以上のメディアで取り上げられ、フランスのスポーツ大臣を始めとする多くの影響力の強い人々が言及した。反応は圧倒的にポジティブで、その後は、スポーツにおけるジェンダー・バイアスを具現化し克服を手助けするコンテンツとして利用され続けている。
この事例が評価されたのは、「女子の素晴らしいテクニックを男子がやっているように見せてアンコンシャス・バイアスを正す」といった着想。さらにその着想を、VFXなどの最先端テクノロジーを使い切ってなんとか実現したことであった。