経営と人材戦略、そして社員の自己実現をどのように接続すべきか。企業向け教育サービスを展開するグロービスにその処方箋を聞いた。
2023年に企業の人的資本開示が義務化され、「エンゲージメント」「ダイバーシティ」「コンプライアンス」など7カテゴリで可視化が求められるようになった。しかし多くの企業で、開示先行の弊害が生
じているとグロービスの鳥潟幸志(以下、鳥潟)は指摘する。
人的資本経営と教育の関連性に課題
「本来の目的は会社の経営戦略を実現するために、必要な人・組織とそこに紐づく能力をきちんと事業戦略・経営戦略にアラインさせていくこと。しかし“開示すべき”が先行し、本来の目的とのギャップが生じるケースが発生しています」特に従業員の学習時間やスキル・経験に関する可視化が定義されている「人材育成」カテゴリにおけるギャップは大きい。
「会社戦略に合致したポートフォリオをつくり、学びの場を提供することは重要ですが、その前段の戦略が社員に伝わっていなければ“会社都合”と受け取られがち。その説明不足によって、社員の気持ちとの間で期待値ギャップが生じ、“やらされている感”が生まれます」
かつて固定化されたビジネスモデルが主流だった十数年前は、会社が一律に用意する階層別教育が機能していた。そこに“個の時代”が到来し、いわゆる“自律型人材”の育成が推進されたが、機会を提供するのみで社員に対し一切働きかけを行わない「放置型」のケースも多く、十分に機能していた状態とは言えない。そうした流れのなか、テクノロジーの進化やVUCA時代の変化の振れ幅拡大に伴い、会社のビジョン・戦略に合った人材のポートフォリオと要件を策定する企業が増えた。インセンティブを整備し、社員の“学ぼう”という意欲を戦略的に促進する流れが生まれ、偶然にもそこに人的資本開示の流れが絡んだ。
「何を開示すべきか、どのようなフォーマットを開示すべきかの情報は世の中にあふれていますが、前提となる経営戦略が社内で策定され共有されていなければ意味がありませんし、むしろ逆効果にも。社員からは納得を得られないし、投資家も開示情報から投資判断ができない状態に陥っている企業も多い」
企業と社員の期待値ギャップをなくし、企業価値向上に向けてドライブするためには、経営戦略と人・組織戦略、そしてその先にある社員の自己実現意欲への連続的な一致が必要となる。しかも経営戦略に変化はつきもの。常に新たな戦略とともに必要となる人材要件を発信し続ける必要がある。
「例えば、テクノロジーを主体としたビジネスモデルへとシフトする計画があるならば、必要となる人材要件と必要人数を示し、段階的に社員のITリテラシーのレベルを引き上げる。さらに選抜社員により深く学んでもらい、専門性を高める。こうした人材の定義やスキルの要件を、3~4年のスパンでブラッシュアップし提示する必要があります」
さらに「会社都合」ではなく、社員の自己実現にリンクさせ、“テクノロジーを学んだらこのような可能性がある”と示し、個々のキャリアのイメージがもてる土壌をつくる必要もある。こうした人的資本の向上をかなえるため、国内最大規模のMBAであるグロービスが提供を開始したのが、動画学習サービス「GLOBIS 学び放題」のアセスメント機能だ。
学びのアセスメント機能が“会社の戦略”と“自己実現”を接続
経営と直結した人材の育成を考えるとき、その育成効果や成長変化をいかに測定するかが課題になる。こうした課題に対して「GLOBIS 学び放題」のアセスメント機能は、学びの「成果の見える化」に大きく貢献する機能だ。2024年10月にアップデートされ、階層や職種・学習領域など目的別に測定することができ、その領域も今後拡充予定だ。最初に各個人は、該当するテーマのアセスメントを受検し、自身が現在足りていないスキル・知識を把握する。その結果に応じて「GLOBIS学び放題」の学びのラインナップからAIが必要な学習コンテン ツを組み立て、レコメンド。学習後は再度アセスメントを受検して知識の定着と成長を確認できる。この「測る、学ぶ、成長する」というサイクルを数値やグラフとして可視化する。
「階層や職種によってそれぞれ必要とされる人材要件が存在するなか、経験や知識・スキルには個人差があります。そのギャップをアセスメントによって可視化し、不足する知識を補う学びにダイレクトにアクセスできるようにすることで、一般学習とアダプティブラーニングを同時に実現できるようになりました。個人としては自分の苦手分野が明確になり、他社比較で現在の自分のポジションもわかるようになっているので、能動的に学ぶ動機付けにもつながります」
また、経営上では必要な人に必要な教育を効率的に提供できるため、教育コストの改善にもつながる。そして何よりもアセスメントデータは人的資本の開示としても説得力がある。
「『GLOBIS 学び放題』のアセスメントから得られたデータは、基本的なガイドラインに沿っていれば、各企業が独自にアレンジして開示することが可能です。例えばデジタル事業を展開するうえで必要となるデジタルリテラシーの学習効果について、単なる学習時間だけでなく、スタート時と1年後の変化を数値として発信することができます。すでに有価証券報告書の開示に『GLOBIS 学び放題』の学習時間を掲載している企業もあります」
「GLOBIS 学び放題」の学習コンテンツは、学べる領域の広さとMBAをバックグラウンドにした質の高さに定評がある。ビジネスで求められる「組織マネジメント」「戦略」「財務」「思考力」「リーダーシップ」に加え、「DX領域」も整備。常に新しい学びもアップデートされている。こうした最先端の学びとアセスメント機能が同一プラットフォームで展開され、習熟度が数値化されるサービスは画期的だろう。
会社と社員がウィンウィンな関係に
鳥潟は、現在の人的資本経営に対する基本的な考え方にポジティブな印象をもっている。「会社が人のもつ可能性を信じてその成長を可視化し、金融市場がそれを評価して経済が回るのは非常に健全な流れだと思います。そして、この情報開示の流れのなかで、会社はビジョン・戦略を実現 するために、社員の可能性を引き出そうとするし、社員は能力開発を通じて自分の可能性を広げながら貢献していく、ある意味ウィンウィンな状態です。そんな未来のためにグロービスは、時代の変化のなかで求められる質の高いコンテンツを届けながら、経営判断に活用できるようなデータの可視化を進めていきたい」
「人的資本」がバズワードとなっている感があるが、その言葉に惑わされてはならない。会社のミッションを実現する手段としての戦略と、それを支える人と組織を構築していくことは不変だ。今こそ、やるべきことをしっかりやっていくことが肝要なのかもしれない。
GLOBIS学び放題 法人向けサービス
とりがた・こうじ◎サイバーエージェントでインターネットマーケティングの法人営業として、金融・旅行・サービス業のネットマーケティングを支援。その後、デジタル・PR会社のビルコムの創業に参画。取締役COOとして、新規事業開発、海外支社マネジメント、営業、人事、オペレーション等、経営全般に約10年間携わる。2018年、グロースに参画。「GLOBIS 学び放題」を立ち上げ、現在は同事業の事業リーダーおよびデジタル・プラットフォーム部門のマネジング・ディレクターを務める。