2023年に「観光立国推進基本計画」が閣議決定されるなど、日本は本格的に観光立国へとかじを切った。そうしたなか、高まり続けるインバウンド需要を取り込む宿泊施設の形態として注目されているのが、中長期滞在型のアパートメントホテルだ。
アパートメントホテルとは、海外ではコンドミニアムやCo-livingとも呼ばれる、日常生活型ホテルのこと。客室内にキッチンや洗濯機といった生活に必要な設備があり、1室4〜8人で宿泊できることなどが特徴だ。訪日観光客の滞在日数が長期化傾向にあるだけでなく、家族や友人同士などグループ利用の需要も急増していることから、同様の形態のホテルは日本でも増加傾向にある。
なかでも、その運営・開発において頭角を現しているのがカソクだ。
代表を務める新井恵介は、大学1年次に英語塾・通訳のサービスを立ち上げ、1年後の12年に同事業を売却。その売却資金を元手に、海外暮らしの経験からアパートメントホテルという発想を得て、後にカソクへとつながる簡易宿泊施設の運営事業をスタートさせた。
現在、カソクは全国11都市およびアメリカ・ダラスで、カプセルホテルやビジネスホテルも含め計40棟の旅館業施設や戸建てホテルを展開。なかでもアパートメントホテルは、現在も20棟の開発が同時に進んでいるという。なぜ、アパートメントホテルが強いのか。新井は業界の構造を踏まえ、次のように話す。
「ここ5年ほど、不動産業界では資材や人件費の高騰で利回りが下がり続けた結果、賃料はほぼ上がらずに建物価格だけが上がるといういびつな構造になっていると考えています。こうしたなかで、インバウンド需要増大と相まって、ボラティリティの高いホテルへの不動産投資に注目が集まっていると感じます。一方で、一般的なホテルの投資・開発は、コロナ禍で需要が激減したように大きなリスクをはらんでいます。その点、住宅設備を設けたアパートメントホテルであれば、いざというときはボラティリティの低い賃貸住宅への切り替えも可能です。実際、コロナ禍には自社のほぼすべてのホテルを短期の家具付き賃貸マンションへと切り替えたことで、大きなダメージを受けずに済みました。当時、日本のホテルにおける客室稼働率が30%前後であったのに対し、ウィークリー/マンスリーマンションの需要も満たしたことで、当社が手がける物件の稼働率は平均で81%にまで上りました。アパートメントホテルは、ホテルと賃貸の要素を組み合わせたリスクヘッジ商品でもあるのです」
独自分析と不動産×動産の視点で「オーダーメイド」のホテル開発を
コロナ禍を経て業態を戻すと、同社のアパートメントホテルはインバウンド需要と合致。企画を旭化成不動産レジデンス、運営をカソクが担うかたちで21年に開業した上野の「hotel aima」では、坪当たりの収益が約14万円、客室稼働率は平均98%という状態が続いている。この背景には、カソクの徹底した各国現地や、国別のマーケティング施策、レベニューマネジメント、動産・不動産の価値をかけ合わせた価値の最大化戦略がある。カソクは社内に数理分析チームを有し、顧客の需要に合わせて価格を変動させ、利益を最大化させるレベニューマネジメントの最適化を実施。国ごとに予約のタイミングや価格設定、キャンセルポリシーなどを使い分けながら、独自のロジックを組んでマーケティングを行っている。また、ホテル(不動産)を基点に、アドベンチャーツーリズムやダイバーシティ、ペット共生といったコンテンツ(動産)、付加価値を提供することで、不動産価値と顧客満足度の最大化も図ってきた。
「五つ星ホテルにはその価値に合ったハードウェア(不動産)とソフトウェア(動産)のどちらも必要なように、両者を合わせて考えることで顧客体験価値が上がり、建物価値にも反映されます。我々はホテル運営を担うだけでなく、その開発の段階から参画することで、体験ツアーやブライダル、地域の文脈に合ったコンテンツなど、建物に最適化されたさまざまなサービスを提供してきました」
カソクの役員には、海外経験が長く、多種多様で、自身の事業を売却した経験をもつ元CEOクラスのメンバーが多数在籍している。彼らが3カ月に1本という速度で新規事業開発を回すことで、不動産の価値を高めるための幅広い領域でのサービス提供を実現してきた。
また、同社はアパートメントホテル開発において土地選定からコンセプトの設定、運営までをワンストップで手がけるだけでなく、コンサルティングや他社との協業も積極的に行っている。より最適な運営事業者がいる不動産アセット(グループホームや、カプセルホテル等)であれば初期開発だけを行い、オペレーションを他社に全任することもあるという。また、ホテルの価値を高めるためのソフトウェアとして、ツアー事業やアート事業といったシナジーある複合的なアプローチの提案も行っている。そのためには自社だけに閉じず、さまざまなインバウンドのプレイヤーと共創しながら、事業を推進してきた。
「我々はアパートメントホテルの運用を主軸としながら、近年は不動産開発コンサルタントとして、自分たちが提案した開発プランを実務として実行するところまで担っています。例えば、お寺にホテルを掛け合わせたいという建て替え案件では、『体験を提供したい』というオーナーの意向を組んで、写経体験というコンテンツも含めてプロデュースするなど、柔軟に提案してきました」
顧客への価値最大化から逆算。こだわる「完全自己資本経営」
現在は月1〜2棟のペースで新規ホテル開発を進めるなど、28年までの目標である自社ホテル100棟、宿泊事業売上規模300億円に向けて、着々と歩を進めているカソク。その強みは柔軟性だけでなく、「完全な自己資本経営であること」だと新井は続ける。「本体は上場しないことで、株主還元を考えず、宿泊利益を生み出すことだけに注力できます。すべてのステークホルダーにとっての価値を最大化することに特化して、建物に価値を生み出すための事業開発を積極的に行えるのです」
将来的には自社で土地を購入して開発するデベロッパー機能や、土地ごとに最適な不動産アセットを提案するための金融機関との提携も視野に入れているという。
「本質的に価値の高い建物をつくるということは、中長期で見るとその地域自体の価値を向上させることに通じるはず。我々は社会性、公益性、地域性を重視しており、地域での人材雇用のほか、高度観光人材育成を目的とした大学との共同研究計画や東京都との連携なども進めています。我々のミッションは土地や建物の価値を向上させること。そうすることで不動産の領域から日本の経済的な地位の向上を目指しているのです」
2026年にはこれらのコンセプトやビジョンを体現するアパートメントホテルが続々とオープンしていくという。地域性や公益性を踏まえながら、不動産を基点に価値を生み出すカソクのビジネスモデル。その先に浮かび上がってくるのは、不動産のイノベーションや日本の観光業のあるべき姿なのかもしれない。
カソク
https://www.kasoku.co.jp
あらい・けいすけ◎カソク代表取締役社長。大学1年次に起業し、英語塾や通訳・翻訳サービスの立ち上げなどを行う。2013年に訪日外国人旅行客向けのインバウンド事業を開始し、15年にカソクを設立。現在は、ホテルの開発・運営コンサルティング会社として、土地の状態から、企画、設計、開発、販売、運営まで一連の流れを担う。