スタートアップ、地方自治体、アカデミアなどを含む参画企業・団体は500に迫る(2024年11月時点)。この活動が目指す未来とは。
総務省の発表によると2024年で国民の29.3%が65歳以上※と、超高齢化が止まらない日本社会。アストラゼネカで「i2.JP(Innovation Infusion Japan)」を運営、推進するディレクター劉 雷(写真中右。以下、劉)は、「i2.JP」を開始した背景についてこう語る。
「日本は今、医療費の増加、医療リソースの地域格差による医療サービスの維持の難しさなど、世界最速で大きな課題に直面しています。一方で、日本は医療DXの進捗についても課題があると思います」
一連の社会課題は、1社だけで状況を改善できるスケールを超えている。そう感じた劉は、医療業界に絞らない多様な事業者や企業を巻き込んだ、共創・集合知による解決を考えた。それがオープンイノベーション・ネットワーク「i2.JP」である。
患者が病気と歩むすべての段階で患者体験向上を図る「患者中心の医療」
グローバルファーマとして革新的な医薬品の開発をリードするアストラゼネカは、日本国内でも、がん、循環器・腎・代謝疾患、呼吸器疾患などの領域で、医薬品を提供してきた製薬会社である。「イノベーションを通じて患者さんの人生を変える」ことを目指し、徹底した患者中心主義を実践してきた。医薬品の提供にとどまらず、患者が病気と歩むそれぞれの段階で患者体験の向上を目指していると、劉は主張する。「健康リスクを知ることから、行動を起こし、適切な検査を受け、治療・医薬品を選択し、予後管理をしっかりと行い、QOLを向上させるまでの一連の経験が患者体験といえます」
だが、そのための新たな技術や医療DXをすべて内製しようとすれば、莫大なコストと時間がかかる。
「自社にないリソースはパートナー企業と共創すればいいのです。そうした企業とネットワーキングするシステムを構築しようとしたのが、『i2.JP』の発端です。イノベーションをより促進させるためにも、独占せず、自由に共創のかたちを探求できる場を追求しました。その結果、私たちがネットワークに参画する企業・団体の触媒(カタリスト)として徹する方法をとることになりました」
多様なパートナーとつくる医療エコシステム「i2.JP」
こうして2020年11月、「i2.JP」を設立した。コミュニティ内で走り出すビジネスマッチングは、アストラゼネカが関与しないものも多く、フルオープンな場としていると、コミュニティマネジャーを務める荻原麻理(写真右。以下、荻原)が解説する。「4年前、4社から始まったコミュニティは、現在485社の企業・団体が参画し、日本最大級のヘルスケア・オープンイノベーション・ネットワークと認識されるまで成長しました」
パートナーの構成は、約6割が革新的な技術をさまざまにもつ国内外のスタートアップとなっている。残り4割はヘルスケア関連企業だけではなく、ゲーム会社、レストラン検索サイトから旅行会社、配送会社、フィットネス企業など多彩な企業が集まっていると荻原は言う。
「『i2.JP』が注力する分野は、『4D+E』」です。まず、診断技術(Diagnosis)、デバイス(Device)、デジタル(Digital)および創薬(Drug)に注目し、患者さん、医療従事者向けのソリューションの創出を目指しています。また、ニーズドリブンな視点に立ち、患者さんや医療従事者の方々のペインポイント(悩み事)やアンメットニーズ(満たされていないニーズ)を理解、認識するためのエクスペリエンスデザイン(E)に注力しています。これは、患者さんの体験を中心に考える課題解決手法で、課題を定義し、それを解決するには誰にどんな『体験』を提供すべきなのかを考えて取り組んでいます」
NTTドコモとの共創 COPD認知拡大に貢献
「i2.JP」の共創事例を見てみよう。推定患者数は約530万人といわれる一方で、実際に治療を受けているのがわずか36.2万人という落差があるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)に対するアプローチだ。治療率を高めるためにも、潜在的な患者に自分のリスクを知ってもらい、行動変容につなげていくかが重要と考え、劉は次の手を打った。「共通ポイントサービスである『dポイント』の会員基盤(24年3月時点1億会員超)をもつNTTドコモをパートナーに、実証実験を行いました。NTTドコモが保持する会員のなかで「喫煙歴の長いユーザー」に対して、COPDの疾患啓発と行動変容の調査を実施するなど、疾患リスクに関して理解を深めた結果、行動変容につなげることができました。具体的に禁煙を考え始めた、家族で議論した、医療機関を受診したなどの反響が得られました」
ほかにも健康保険組合、国民健康保険団体に蓄積されている医療データを活用した慢性腎臓病(CKD)へのアプローチ事例もあるという。
「人工透析は年間約500万円程度の医療費がかかり、保険者の大きな負担となっている医療問題です。患者さんも、週2〜3回の通院のため生活や就業の維持が難しく、QOLも著しく低下します。このような事態を回避するため健康保険組合と実施した実証実験では、対照群と比較し、約1.5倍の受診開始が認められました」
劉が最後に「i2.JP」の現在地点と将来展望を聞かせてくれた。
「この4年、ネットワークの成長とともに、これまで100件以上の実証実験を実施してきました。そして今、社会実装と価値創造を目指す段階に入ったと考えています。将来的には、プロジェクトにおける医療費削減へのインパクトを数値として公開していくなど、経済的・社会的な実効性を証明できることを目指します」
その実績を背負い、同じ製薬会社同士の連帯をも実現したいと劉は言う。彼らが進める1つ1つのプロジェクトは、医療の未来を開拓している。
※総務省統計局 2024年9月15日現在推計
i2.JPの4周年記念イベント開催 共創は新たなるステージへ
2024年11月15日には、i2.JPの4周年記念イベントが都内で行われた。会場に現れたアストラゼネカ(日本法人)代表取締役社長 堀井貴史は継続的なイノベーションを推進していくことが、長期的な事業成長の実現だけでなく、医療の未来の根幹になると語る。
「日本において、超高齢社会に対するさまざまなパートナーと共創した医療ソリューションは、今後世界の医療の未来をかたちづくる先進的な事例になるはずです」
執行役員 コマーシャルエクセレンス本部長トーステン・カーニッシュもまた、決意を付け加えた。
「ペイシェントジャーニーを進化させる多様な共創が重要です。今回のイベントのリバースピッチのように課題を理解し、アイデアを出し合う有意義な取り組みも拡大しています。今後も多様性と集合知によるイノベーションを加速していきます」
アストラゼネカ株式会社
https://www.i2jp.net