「目利き」など通用しない
世界標準のコーチの作法は、日本の従来のやり方とどこか違うのだろうか。世界のVCのトップランカーである中村に言わせると、以下の通りだ。
日本では、一時流行った「マネーの虎」のようなピッチコンテスト、また「エレベーター・ピッチ」のように、起業家が短時間で流ちょうにビジネスモデルを語り、投資家は本人の「目の輝き」なども見て直感で投資を判断する。そんなスタイルがVCの投資評価のやり方と誤解されている面が残っている節がある。
このような投資判断は、 野球のスカウトが根拠もなくたくさん走っている選手は成功するとか、自信がありそうな顔つきが成功に大事だというのと変わらない。プレゼンテーションの上手さはCEOの営業能力の中の一つの能力とはなるものの、 それ以上の意味はあまりない だろう。
カウフマンでの教えでは、「目利き」のような属人的な印象だけで投資判断をすることは否定されている。中村いわく、「5分のピッチ」で会社の良し悪しが分かるわけがない」のだ。
むしろ、 グローバル標準の考えでは、 まだ実績となる数字が揃っていないスタートアップを正しく評価するにはピッチの中身だけではなく、 あらゆる点を多面的にチェックすることが必要となる。そのような評価ができる経験豊かなプロフェッショナルを複数人揃え、属人性とは対極に位置する「再現可能な」システムを作っていくことが欠かせない。
例えば、経営者の評価をする際には、 創業者またはCEO(最高経営責任者)の話を聞くだけでなく、経営メンバー全体に関心を払って多くの点を調査する。
その際にも短期間に会った際の感覚的な印象だけではなく、具体的な過去の経験や経歴を調べ経営チームとしてのそのビジネスに必要な 「実行力」の評価に努める。実行力がなければ、どんなに優れたアイデアも技術も戦略も無に帰すからだ。
そうなると、 スタートアップといえば、全員が若いイメージがあるものの、 実際には多くのVCから評価されるチームはそうではない。必要な業界での経験や知見を有する人材を揃えるとなると、必然的に平均年齢は高くなることが多い。
Zoomの将来性は数値化されていた
また、中村によれば、起業家の将来性 に関しても感覚ではなく、必要な数値のチェックが欠かせない。
この点は過去のデータである 売上高や最終損益といった実績データに加えて、その会社のビジネスモデルが競争優位性を持っているかどうかを数字で見ていくのが通常である。例えばそのような定量的な指標の中で「ユニット・エコノミクス」といった販売単位の収益を測る指標が極めて重要となる。
例えば、オンラインツールの「ズーム(Zoom)」では、世間から注目される以前から、競合他社と比べて「ARPU」と呼ばれる顧客一人当たりの利益が突出して高かった。中村らはこの指標や、営業費用をほとんどかけずにサービスを広げているといったファクトからサービスの競争優位性を判断し、2018年に同社への投資を決めた。
野球に例えると、かつての選手の成績は打率や防御率などが主だったが、現代野球では選手の優秀さを示す指標がOPS(オプス、打者の出塁率・長打率の合計)やWHIP(ウィップ、投手が走者を出す平均数)などに移り変わっていったのを彷彿させる。
このように、日本のスタートアップに対するイメージと、アメリカで確立された世界標準のやり方の間には、大きな隔たりがある。その根底にあるのが、この世界で感覚に基づいて 「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」 的なばら撒き作戦は通用しないこと。
再現可能なシステムに基づいて本当に勝てる企業に絞って リソースを集中投下する「えこひいき」ことが 必要であることだ。 これは一般的な投資の世界では極めて当たり前のことだ。
もちろん、欧州や南米の先行事例を見れば分かるように、野球やサッカー、バスケットなどのスポーツ界のようにグローバル化が一気に進むことも十分ありうる。