日本にできない理由はない
興味深いことに、中村によれば、実は北欧はスタートアップが未発達の地域で欧州全体としてもスタートアップ業界も日本と同様に自国に閉じた産業であった。
日本のスタートアップの課題といえば、国内市場で一定の実績を出してグロース市場(旧マザーズ)に上場(IPO)。ここまでは順調だが、多くの場合、調達できる金額が限定的であることから、成長の伸びしろも限定的となる。こうしたスタートアップの「小粒化」が懸念されてきた。
欧州も自国のマーケットと投資家だけに頼り、自国の 株式市場に上場後、大きくは飛躍しない「こぢんまりとした」スタートアップがほとんどだった。それが前述のように、スポティファイの登場によって状況が一変した。
欧州だけではない。南米でも、起業家支援組織のエンデバーによる支援を受け、カゼックなどをはじめとする世界的スタートアップが育っている。
日本でもきっかけ次第で、スタート・エコシステムは一気に飛躍するかもしれない。良い意味で、もはや日本に「できない理由はない」のだ。
成功の裏に「コーチ」あり
中村に言わせると、スタート・エコシステムにとって重要なポイントは2点ある。第一に「優れたコーチ」の存在、第二に「分散投資ではなく集中投資」の鉄則だ。
第一に、世界最高峰のMLBで活躍できる素質のある人材がいても、コーチが素質を見抜く目を持ち合わせていなかったり、昔のようにひたすら練習の量だけを求める考えから抜け出せなかったりすると、世界に羽ばたく人材が生まれない。
実際、スポティファイの進撃の裏に、優れた「コーチ」の存在があった点も見逃せない。それが同国のVCであるクランダムだ。特筆すべき点は、中村によると、共同設立者のステファン・ファーガソンとフレドリック・カッセルは、欧州のVCを経験したことがなかった。
二人とも、後述する「カウフマン・フェローズ・プログラム」と呼ばれる米国のVC育成機関で学んだ後、クランダムを立ち上げた。欧州におけるVCの慣習を一切知らないので、いきなり米国で培われた科学的な仕組みを取り入れた。
例えば、当時の欧州で根付いていたのは小口投資で、かつ投資家側が有利な複雑な投資契約であった。それとは対照的に、クランダムは最初の投資ラウンドでアメリカ方式のシンプルな投資契約を結びスポティファイにいきなり2000万ドル超の出資をした。
まさに第二の鉄則である、様々なスタートアップをまんべんなく支援するという分散投資ではなく、本当に世界で勝てる企業にリソースを集中投下するというカウフマンで習ったグローバル基準のやり方に則ったものだ。
さらにはカウフマンのネットワークがあったことで、かの有名な事業家のピーター・ティールが率いるファウンダーズ・ファンドを引き合わることができた。このVCが、スポティファイが米国市場でビジネスを成功させるうえで重要な役割を果たした。この際にも、先ほどのシンプルな契約と投資家の資本構成が次のラウンド投資の助けになった。