今回の混乱について、尹錫悦氏と全斗煥氏を比べてみるとよくわかる。全氏は不正常な形で最高権力者に上り詰めたうえ、1980年には一般市民を多数虐殺した光州事件を引き起こした。韓国市民にとって全氏は「史上最悪の大統領」に位置付けられる。もちろん、尹氏の場合、2022年3月に行われた民主的な選挙によって選ばれた。全氏とは大きく異なる点だと言える。
ただ、非常に似ている点もある。日本でも今年夏に公開された映画「ソウルの春」では、全氏をモデルにした人物が「ハナフェ」という韓国軍内の私的組織を通じて権力を握り、従った仲間が国家の様々な要職に就く恩恵に浴する過程が描かれている。尹氏も検察出身で政治経験と人脈がないことから、検察の仲間や大学の旧友などを次々と要職に宛てた。尹氏がその気がなくても、周囲が忖度して尹氏と親しい人を要職につけるよう調整したケースもあった。
韓国も、米国と同じように政治任用が多い国だ。政権交代のたびに、様々なポストに就く人材が入れ替わる。それでも、最高権力者の大統領に政治経験やビジョンがあれば、それなりの陣容を整えることができるが、単なる「反文在寅政権」の旗頭としてかつがれただけの尹氏にはその能力が欠けていた。さらに、妻、金建希氏の存在もイメージ悪化に拍車をかけた。尹氏は過去、金氏を巡る疑惑を調査する「特別検事制度」実施の法案を3度にわたって拒否してきた。韓国メディアによれば、特別検事法は12月10日に国会で再議決され、国会議員300人のうち200人以上が賛成すれば、尹氏は拒否権を使えなくなるはずだった。朝鮮半島を長く担当した日本の元政府高官も「結局、尹氏が戒厳令を敷いたのは、妻を助けたかったからではないか」と語る。結果的に、韓国の国民は尹氏に対して全斗煥政権のような「権力の私物化」というイメージを抱いただろう。