そのひとつが「経営シーンの未来形に求められる美意識とは?」をテーマに、美術家の磯谷博史、パノラマティクスの齋藤精一とPwC Japanグループ副代表の吉田あかね、PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナーの奥野和弘が語り合った一幕。
共創に求められる“リスペクト”
企業が変革を求めて投資をしていくにあたっては、公平性や正しさを指針に付加価値を生みだしていくと語るPwC Japanグループの吉田は、デザイン思考の先のアート✕ビジネスの文脈でこれから何ができるのかを問いたいと口火を切る。日本において制度上の文化投資への明確なリターンがないことで、経済と文化の好循環が生まれていないとパノラマティクス齋藤。「ただし、今日のようなセッションが行われるようにビジネスにおける重要なイシューではある」と話を受ける。
海外の企業が織物産地の尾州やメガネづくりの鯖江に投資する一方で、国内企業の投資は少ないと指摘。 齋藤は首都高速道路の廃止されるKK線の公共空間への再生プロジェクトにも関わる。まちづくりにアート領域の知見を持つ識者が入りはじめた背景として、ウェルビーイングなどの数値になりにくいが経済を回す要素への理解が徐々に浸透してきたのではないかと洞察する。
アート領域により深い視点から発言するのは美術家の磯谷。人間とはなにか、ということを問いかけるのが美術であったという認識から制作に取り組む磯谷は、5000年前の陶器の破片を泥に戻してから焼き直した自身の作品を例に、ものごとの別の側面を明らかにするという制作意図を解説。
「“たった一つの正解”に向かう力学への抵抗」でもあるという磯谷の視点は、想像力豊かに社会の多様性を認識することが重要な現代において、必要なものだ。
「この10年で課題解決を目的としたデザインやアートとの協業が増えた。ただし一口に課題といっても、それは地域によって異なる。今後必要なのは、より解像度を高くアーティストを見ていくこと。思考のプロセス、着眼点、熱量、持続化する力はひとそれぞれだ」と齋藤は指摘する。
ビジネスパーソンを例にとっても0から1を生むことを得意にするタイプも、1を100にすることが得意なタイプもおり、社会課題への意識や関心の多様さは言うまでもない。経済効果がなくても熱量で突っ走れるタイプのアーティストもいれば、そうではないアーティストもたくさんいることも認識する必要があるだろう。
セッションの冒頭で、磯谷が自分自身のことを「消費される側の代表としてここに来ました」と語った言葉が耳に強く残っている。資本力のあるビジネスサイドが一方的にアートを消費するのではなく、両者がリスペクトで繋がる共創の意識こそ、未来に求められるひとつの美意識であることを考えさせられるセッションだった。