スズキ:DS経営に最も及び腰なのは、投資家ではなく経営者だ。実際、「他社に先駆けてDS経営を取り入れたい」と私に声をかけてくる企業経営者や経営幹部は過去、何人もいた。だが、導入の目前になって「当社だけでは踏み切れない」「ファースト・ペンギンにはなれない」と歩みを止めるケースが大半だった。
経営者にしてみれば、事業の持続的成長に貢献する可能性が期待できたとしても、自身の任期中は短期的利益を最大化し、株価を上げ、業績連動型の報酬を最大化するほうが合理的だ。経営者を責めるつもりは毛頭ない。だが、そんな日本企業の経営者に知っておいてほしいことがある。それは、企業に対する次世代の若者たちの意識である。
スズキ研究室では、DS経営の知見を高め、問題点を共有できるようウェブ上でシミュレーターを公開している。このシミュレーターを用いて、早稲田大学の学生を対象に実験を行った。320人の学生に就職希望業種を聞いたうえで、一人ひとりに東証一部上場企業から2社(A社、B社)をあてがった。多くの場合、A社は業界大手企業、B社は準大手を割り当てた。
実験当初は学生の64%がA社へ、36%の学生がB社への就職を希望した。しかしB社が「5年かけてDS経営にシフトする」、つまり従来の株主資本還元率から1ポイント下げた配当額が当期純利益と一致するような経営を進め、役員と従業員の給与や報酬はA社と同レベルにし、残りの余剰は従業員の資産形成分として分配しつつ事業の再投資に充てると宣言すると、学生が就職希望先に選んだ割合はA社11%、B社89%に変化した。実験の結果からは、自らが勤める企業の株主として一定の経営参加の権利が与えられ、仕事の成果や努力に応じて昇進や昇格の可能性が高い企業に就職したいという学生の意思が明確に示された。
現在、日本政府は従業員株式報酬制度の推進に向けて動いている。人が求めるのは単なる「カネ」ではなく「幸福」だ。働く人たちのやりがいや生きがい、幸福を実現するには短期的な利益の追求から脱却し、公益資本主義的な発想で持続可能な経済社会を再構築することが不可欠だ。そしてこれは近い将来、日本以上に成熟化が進む中国やインドにも通じる課題だ。日本が新たな可能性を切り開き、他国のロールモデルとなるサステナブルな経済社会を創造することを期待している。
スズキトモ◎大手監査法人勤務の後、LSE(LondonSchool of Economics and Political Science)にて社会科学哲学(修士号)、オックスフォード大学にて会計・経済の哲学(博士号)を取得。同大学主任教授を務め、多くのポリシー・ペーパーを上梓。2017年より現職。