江戸時代の天保13年(1842年)、京都・伏見の竹中町で四方卯之助が酒造業を開始した。これが、宝グループの歴史の起こりだ。その同社は、1925年の寳酒造(現 宝ホールディングス)の設立から100周年の節目を目前に控えた現在、目覚ましい進化・発展を遂げている。
2000年代に入り、持続的成長のために体制を強化
寳酒造は1979年からバイオ事業を手がけ、新たな成長の核として発展させてきた。安定したキャッシュフローを生み出す「酒類・調味料(タカラ本みりんなど)事業」と将来性豊かな「バイオ事業」。当時、安定性と成長性を目指した事業は理想的な組み合わせではあったが、酒類・調味料事業はバイオ事業の将来性に期待し、バイオ事業は酒類・調味料事業のキャッシュフローに依存しているとも言えるものだった。この期待と依存が悪循環として働いてしまうシナリオを避け、両事業がさらなる発展をしていくために、宝グループは分社化に踏み切った。2002年、それまでの寳酒造は持株会社の「宝ホールディングス」へ移行、事業会社として「宝酒造」と「タカラバイオ」が発足し、グループ経営体制がスタートした。
さらに、宝酒造の部門のひとつとして発展してきた海外事業においても、日本食材卸事業の規模拡大に伴い分社化を決定し、17年、「宝酒造インターナショナル」を設立した。海外事業の成長をさらに加速させるためには、より迅速な意思決定と事業基盤の整備・強化が求められると判断してのことだった。
3つの事業領域を有する強みについて宝ホールディングス 代表取締役社長の木村 睦(以下、木村)はこう語っている。
「地域や領域の異なる複数の事業がそれぞれ自立して収益を上げることで、どのような環境変化にも対応しさらなる成長を狙える。そうしたバランスの取れた事業ポートフォリオが当社グループの強みです」
3つの事業、それぞれの強み
現在、宝グループは国内12、海外52の合計64社(連結対象会社)にまで拡大している(2024年3月末時点)。その中核を成す3社「宝酒造」「宝酒造インターナショナルグループ」「タカラバイオグループ」は、それぞれがどのような強みを有しているのだろうか。宝酒造は、1842年から日本酒を、1916年から焼酎を製造してきた。清酒は醸造により、焼酎は蒸留により生み出される。長きにわたり磨き上げてきた醸造と蒸留というふたつの技術を併せもち、幅広いカテゴリーの商品を生み出すことができる点が、なによりの強みと言えるだろう。同社はこれまで、新たな市場を創造し、独創的なブランドを数多く生み、育て続けてきた。
「『中期経営計画2025』では、スパークリングの日本酒として人気の松竹梅白壁蔵『澪(MIO)』、辛口の味わいにファンが多い『タカラ焼酎ハイボール』など、収益性の高いブランドを重点ブランドと位置付け、育成を進めています。今年は、アルコール度数3%で甘くない『タカラ発酵蒸留サワー』や炭酸割りで楽しむ日本酒、松竹梅『瑞音』(業務用先行)など、多様化するお客様ニーズを掘り起こし、新たな酒質や飲用スタイルを提供するブランドを上市しました」(木村)
宝酒造インターナショナルグループは、酒類の輸出や海外での製造・販売を行う「海外酒類事業」、海外の日本食レストランや小売店に日本食材などを販売する「海外日本食材卸事業」を担っている。近年成長が著しいのは、2010年に本格参入した日本食材の卸売り事業だ。同社の特徴は、メーカーとしてのモノづくりから販売まで幅広いネットワークを有していることだろう。食材卸会社だけでなく、国内の宝酒造やTakara Sake USA Inc.(米国宝酒造)など自前で酒類を製造・販売できる。また、世界で数多くの日本食レストランに強いつながりをもっており、川上から川下まで現場でニーズを直接聞くことができるため、集めた現地ニーズを商品開発やサービスにいかすことができるのである。
「食というのは、非常に大きなマーケットでありながら、そのなかに占める日本食の割合は極めて小さい。潜在的な成長力を秘めた市場です。また、13年にユネスコの無形文化遺産に『和食:日本人の伝統的な食文化』が登録され、世界的に日本食への関心が高まったことも、大きな追い風になりました」(木村)
13年、日本で育まれてきた和食は、世界の「WASHOKU」になった。農林水産省の調査によると、海外の日本食レストランの数は23年には約18万7,000店に達している。これは13年の5万5,000店と比べて3倍以上という大幅な増加率だ。現地のトレンドや消費者の嗜好を深く理解しながら、酒と食の合わせ技で勝負できる宝酒造インターナショナルグループは、今後も高い成長が見込まれている。
タカラバイオグループは、国内外に研究用試薬・機器を提供するとともに、製薬会社や創薬ベンチャーを支援するCDMO(バイオ医薬品の開発・製造受託)事業を展開している。自社の遺伝子治療薬の臨床開発で培った豊富な経験や独自の創薬基盤技術、国内最大級の製造施設である遺伝子・細胞プロセッシングセンターを備え、再生・細胞医療・遺伝子治療のCDMOのリーディングカンパニーとして、国内製薬企業やバイオベンチャーの開発・製造をワンストップでサポートしている。
「バイオ関連産業への長期的な期待や社会的ニーズは高く、試薬・機器事業とCDMO事業を通じて、ライフサイエンス産業のインフラを担うグローバルプラットフォーマーを目指すことでさらなる成長が見込めると考えています」(木村)
和酒と日本食のセットでグローバル展開を加速
今、宝グループが、将来的な「稼ぐ力」の向上を実現するための重点戦略に位置付けているのが、宝酒造と宝酒造インターナショナルグループの協業による「日本食(和酒・日本食)文化の世界浸透推進」と、タカラバイオグループによる「ライフサイエンス産業のインフラを担うグローバルプラットフォーマー」という、宝独自の2つのビジネスモデルの確立・強化だ。日本食文化のグローバル展開に対しては、特に注目が高まっている。宝酒造インターナショナルグループでは、酒は食と共にあり、日本食を広めることが結果的に「日本の酒=和酒」の普及につながるとの考えから、和酒と日本食をセットで世界に拡げる戦略で展開を加速させている。10年に、欧州最大規模の日本食材卸会社フーデックス社(フランス)をグループに迎え入れ、日本食材卸売事業に本格参入して以来、M&Aや自社進出によりネットワークの拡大を進めている。現在、同事業におけるシェアは欧州で1位、米国で3位となっている。
日本食材卸事業の拠点数では、最重点エリアの北米において、現在ある13拠点に25年新たに2つが加わり15拠点となる。欧州では、9月にフィンランドのアグリカ社、11月にドイツのカーゲラー社をグループに迎え入れ、新たに北欧や東欧へ進出する足掛かりを得た。また、水産品に強みをもつカーゲラー社に加え、高品質な日本産鮮魚を扱う築地太田・オータフーズマーケット社をグループに迎え入れたことで、水産品という新たな差異化商材も獲得している。販売網の拡大・強化と、付加価値の高い商品ラインアップの拡充などを通じて、さらなる成長を目指すという。
海外で和酒を広める活動にも積極的に取り組んでいる。そのひとつが、米国宝酒造による、メジャーリーグのニューヨーク・メッツとの24年度オフィシャルスポンサー契約締結だ。ホームスタジアムのシティー・フィールド内のレストランやスイートルームで「澪」が提供され、日本酒ファンの裾野を拡げるために一役買っているという。
宝酒造インターナショナルグループが推進する「日本食文化(和酒・日本食)の世界浸透」。その浸透力は、世界における日本のプレゼンスを高めることにも確実につながっていくと言えるだろう。それは言うまでもなく、宝酒造が確立してきた高い技術力とブランド力があってこそのことだ。
2025年、新たな100年が始まる
宝グループにとって、25年は100周年の節目となる。現在、宝ホールディングスは、グループのVision(ありたい姿)として「Smiles in Life 〜笑顔は人生の宝〜」を掲げている。
宝酒造や宝インターナショナルグループが提供する「暮らし」、タカラバイオグループがサポートする「命」——。今、宝ホールディングスは、さまざまな「Life」のために存在している。世界中の暮らし、命、人生を笑顔で満たすために、これからも挑戦を続け、次の100年も素晴らしいものにしていきたいと考えているのだ。
13年の「和食」に続いて、24年末には日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録された。これはまさに、新たな100年の門出を祝うに相応しいニュースだ。宝グループが目指す「日本食文化(和酒・日本食)の世界浸透推進」を強力に後押しすることだろう。
厳寒にあっても緑が艶やかな松。風雪に耐えてしなやかに伸びる竹。百花に先駆けて花咲き薫る梅。慶事・吉祥のシンボルとされる「松竹梅」は、生命力の逞しさや美しさの象徴でもある。宝ホールディングスは、これからの100年も逞しく、美しく、目覚ましく成長していくことだろう。
宝ホールディングス
https://www.takara.co.jp/
きむら・むつみ◎1985年、京都大学経済学部を卒業して寳酒造に入社。経理、経営企画室を経て、2002年からタカラバイオの取締役、09年には同社の代表取締役副社長に就任。14年に宝ホールディングスの取締役、16年からは代表取締役副社長として事業管理やIR、人事などを管掌。17年からは宝酒造インターナショナルの代表取締役社長も兼任。18年、宝ホールディングスの代表取締役社長に就任。