インドの屋台料理からヒントを得たコース料理
コースの内容は、インドのローカルフードを再構成したユニークな内容で、インドの食文化にも触れることができる興味深いものだった。例えば印象的だったのは、ムンバイで昔から愛されるバターパン「ブンマスカ」からヒントを得た一皿。
ムンバイには昔イランから移民したパールシー人(「ペルシャ人」が訛った言葉)が経営するレストランやイラニカフェがいまだに残り、一つの文化になっている。ヴァルン氏が「僕が世界で一番好きなバター」と誇る老舗のYazdaniベーカリーのブンマスカには、ふわふわのパンの間に、少し塩気の効いたあまいバターがたっぷり塗られていた。ミルクたっぷりの甘いマサラチャイと食べると、言葉を失う美味しさだ。この「昔ながらの味」を元にしたマスク流ブンマスカは、すべてコーンで構成され、チャイに見立てたコーンスープとともに供された。インドではモンスーンになると焼きとうもろこしが屋台に並ぶそうで、10月初旬に訪れた筆者も、雨期の名残を楽しむことができた。
そしてムンバイのストリートフードといえば、外せないのがパ二プリだ。パ二=水、プリ=揚げた生地を意味するように、薄い揚げボールのなかに、豆やじゃがいもや豆などの具材を好きに詰め、最後にスープを流し込んで、ぱくりと一口で食べる屋台料理だ。同店では、パニプリの中身に、ビーツやグリーンマンゴー、大根など様々な野菜を詰めて、オレンジ色のシーバックソーンのスープを注いで頂いた。市中でパ二プリを食べた後に同店を訪れると、ますます楽しいに違いない。
インド南部で広く庶民に食されているマサラ・ドーサには、なんと麹が使われていた。通常のドーサは自然発酵で一晩寝かせ、砂糖を少し加えてキャラメリゼするが、麹で二日間低温発酵させると、自然に生まれた甘みでキャラメリゼーションできるのだという。
約48席のマスク、2階の12席のバー(The Living Room)のほかに、2020年にはカウンター12席のみの「マスク・ラボ」―実験的なプライベートダイニングもオープン。奥にある「実験室」では、麹や味噌、ヴィネガー等を用いながら、様々な食材から発酵食品を造り、結果が良いものをコースに取り入れている。その実験室にも、さまざまな創意工夫が施されていた。例えば、家庭用の小さなファンで55~60度に保った箱の中で、野菜を低温でゆっくり火を入れて黒にんにくなどを作っている。
「インドでは、アジアや他の国のように手に入らないものがたくさんある。だから、自分たちのやり方で考えて、物事を進めていくんだ」とヴァルン氏は話す。この考え方は、インドに広く根付いており、「ジュガード」と呼ばれている。即ち、限られたリソースのなかで問題解決を図る不屈の精神に基づいているのだ。


