「幸福な親密性」に向けた性別役割の変革可能性
では、いったい、どうすれば良いのだろうか。それは、男性働き手モデルの制度的変更はもちろんのこと、それに加えて、日々のパフォーマンスのなかでかたちづくられてきた既存のジェンダー秩序や規範から逸脱し、かき乱すことである。社会において要請されるそれぞれの性別におけるふさわしさから少しズレた振る舞いを実践することは、「異形のパフォーマンス」となることもある(注15)。
ジェンダー秩序において「女性」というカテゴリーと結びつく「他者の必要あるいは欲求を満たす手助けをする」役割を女性に求めず、女性側も引き受けない。男性にも「ケア役割」を半分、担ってもらう……。あるいは、男性がデート代をおごることが近未来の経済的な依存関係や家事・育児の不均衡と無関係ではないのだとすれば、男性も女性もそれを拒否して良い。
ただし、残念ながらこうした振る舞いはおそらく簡単には広まらない。先にも触れたおごり/おごられ論争において、ある「港区女子」系のコラムニストがおごってくれない男性とは「二度と遊びたくない」「論外」だと書くように(注8)、恋愛関係や結婚という場において既存の性別役割を拒否してジェンダーをかく乱しようとすると、既存の性別役割規範から外れる人たちは男女関係のルールがわかっていない人とみなされ、それまであった恋愛関係において「選ばれる」というアドバンテージを一時的に失うことになるからだ。
それでも長い目でみてみたら、明らかな権力差のある関係よりも、自由で民主的な関係のほうがたぶんずっと良い。「幸福な親密性」の実現に向けて考えなければならないことが、まだたくさんある。
注15:妹尾麻美「変容する女性のライフコースと就職活動─女性ファッション誌『JJ』を手がかりに」『ガールズ・アーバン・スタディーズ』、法律文化社(2023)
【付記】本論は、JSPS科研費19H00606・ 21K13425の助成を得ておこなった研究成果の一部である。
木村絵里子◎大妻女子大学人間関係学部人間関係学科社会学専攻准教授、博士(学術)。専門は文化社会学。主要業績は『恋愛社会学』(共著、ナカニシヤ出版、2024年)、『「最近の大学生」の社会学』(共編著、ナカニシヤ出版、2024年)、『ガールズ・アーバン・スタディーズ』(共編著、法律文化社、2023年)など。