伝説のF1ドライバーの素顔に迫る、『セナ』がいよいよネットフリックスで配信

1994年サンマリノGPで命を落としたドライバーは、セナだけではない。オーストリアの新星ローランド・ラッツェンバーガーが、セナの死の前日の土曜日に行われた予選中の事故で他界している。後日、事故後のセナのマシンの中からオーストリア国旗が見つかり、レース後にラッツェンバーガーを追悼して掲げるつもりだったことが報じられた。当時、国際自動車連盟(FIA)の会長だったマックス・モズレーはセナの国葬には参列せず、ラッツェンバーガーの葬儀に出席したが、その理由を「誰もがセナの葬儀に行ったから」だと説明したとされる。

1991年ベルギーGPで、マクラーレン・ホンダMP4/6を駆るアイルトン・セナ(Paul-Henri Cahier/Getty Images)

1991年ベルギーGPで、マクラーレン・ホンダMP4/6を駆るアイルトン・セナ(Paul-Henri Cahier/Getty Images)

セナは1960年にブラジルのサンパウロに生まれた。ネットフリックスシリーズ『セナ』の予告編では「車に乗り始める前から、わかってた。レースのために生まれてきたと…」と語られている。

初めて運転したレーシングマシンは4歳のとき、父親が芝刈り機のエンジンを利用して手作りしてくれたカートだった。13歳でレーシングカート競技を始め、世界カート選手権で年間ランキング2位を2年連続で獲得すると翌年、フォーミュラレースの入門クラスであるフォーミュラ・フォードに参戦した。

その人となりについては、才能に恵まれているが傲慢なところがあると評された一方、「部屋中を魅了してしまう」魅力があったことが人々の印象に残っている。6年間を共にしたチーム・マクラーレンは、ファンに対しては「笑顔で愛想が良かった」とし、姉や弟、両親がサーキットを訪れるのを励みにする、とても家族思いの人物だったと追想。「アイルトンは勝利したときがいちばん幸せそうだった」とウェブサイトにつづっている

1990年2月1日、イタリアのイモラ・サーキットで行われたF1シーズン前テストに参加するマクラーレンのアイルトン・セナ(Pascal Rondeau/Getty Images)

1990年2月1日、イタリアのイモラ・サーキットで行われたF1シーズン前テストに参加するマクラーレンのアイルトン・セナ(Pascal Rondeau/Getty Images)

ネットフリックスは、大人気を博したドキュメンタリーシリーズ『Formula 1:栄光のグランプリ』でレース界に一定の地位を築いた。このシリーズは世界的なF1人気の向上に貢献したとされており、シーズン6は公開初週に290万回再生された。シーズン7も制作決定がすでに発表されている。

forbes.com 原文

翻訳・編集=荻原藤緒

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