ハン・ガン人気を政治的に利用
ハン・ガンは、『菜食主義者』で前述のように国際ブッカー賞を受賞してグローバルに知られるようになったが、韓国の読者や評壇にアピールしたのは『少年が来る』であった。1980年5月、光州の民主化運動当時、全南道庁を守るために残り、戒厳軍の銃に撃たれて死んだ中学3年の少年ドンホを含めた6人の中心人物を絡めた物語だ。当時の状況を直接・間接的に経験した人物の面々を通じて、この民主化運動を描いている。
保守派が苦々しく思っている民主化運動を、小説という形であれ虐殺だと宣明している『少年が来る』を書いたためか、朴槿恵元大統領時代にハン・ガンは「文化芸術界のブラックリスト」に載っていたという。
ブラックリストに載ると、政府からの支援などが受けられなかったらしい。例えば、政府が主管する優秀図書選定や普及事業から除外されてしまうのだ。2016年に『菜食主義者』で国際ブッカー賞を受賞したハン・ガンに、当時の朴槿恵大統領は祝電を拒否したというエピソードもある。
ハン・ガンの小説は、過去の痛みと向き合う勇気と、その痛みを癒そうとする強固な意志がある。それは個人的なレベルから、社会的レベルにまで影響を及ぼしている。ハン・ガンの小説が有害図書に指定されたり、政府の支援が途絶えたりしたとしても、ノーベル文学賞を受賞した作家に変わりはない。
彼女の受賞により韓国の文学界は活性化し、あまり本を読まなかった世代も書店に立ち寄るようになった。政治的に解釈は異なるとしても、『少年が来る』は韓国全土に20店舗を展開する大型書店チェーンである教保文庫の11月のランキングでは1位をキープしており、2位には『菜食主義者』、3位に『別れを告げない』と、10位以内にハン・ガンの作品は8つも入っている。
現在、韓国では、尹錫悦大統領の弾劾デモが始まっていて、ハン・ガンの人気を政治的に利用しようする人たちがいることには、少し不安も生じる。とはいえ、賢明な読者ならそんなことなどには構わず、小説を小説として読み解いていくであろう。