ハードとソフトの両輪を回す高難度の事業モデルで成長。その裏側には、「時の運」を味方につけた起業家の熱い思いがあった。
住宅やオフィスなど、さまざまな空間での入退室をはじめとした体験をスマート化するソリューションを手がけるビットキーは、右肩上がりの成長を続けている。共同創業者で代表取締役社長CEOの寳槻昌則は「創業以来、売り上げは倍々成長で、100億円も射程に入りました」と手応えを語る。
ID認証・認可技術を軸に、施設管理のSaaS、エンドユーザー向けスマートフォンアプリといったソフトウェアと、スマートロックや生体認証デバイス、スマートファシリティなどのハードウェアを組み合わせてソリューションを構成している。ソフトとハードの両方を独自に設計・開発して一体で提供しているのが特徴であり強みだ。
大学卒業後の進路として国産ERPベンダーを選んだ寳槻は、入社2年目を迎えた2012年、米国事業の立ち上げ担当に抜てきされた。以降、5年間の駐在期間中にUberやAirbnbなど後にデジタルディスラプターと呼ばれる企業の勃興を目にする。「デジタルの世界がピクセルの画面から抜け出して、物理的な体験に接続され始めた感じがありました」。しかし、自身で新しいサービスを試せば試すほど、そこに欠けているものに目が向くようになっていった。
「ほとんどのサービスはソフトだけを提供しているので、結局最後はデジタルとリアルの橋渡しができない場面が出てくる。例えばAirbnbは優れたプラットフォームですが、予約した後の体験が分断されていて、鍵は対面で受け渡しするとか、古いやり方のままだったりするわけです」
プロセスの入り口をデジタル化、スマート化するだけで提供できる価値は限定的。出口までを一体的にカバーした新しい体験こそがブレイクスルーになるのではないか。その思いが、「つなげよう。人は、もっと自由になれる」というビットキーのミッション・ビジョンにつながった。
ただ、ソフトとハードの両方を展開するという決断により、開発投資に大きなリソースが必要になり、事業立ち上げの難易度は高まった。乗り越えられた要因のひとつは「エンタープライズフォーカス」戦略だ。大手の賃貸管理会社やオフィスビルのオーナー企業、大型テナントを重点顧客と定め、案件の規模を追求した。1社あたりのARR(年間経常収益)が1億円を超えることはめずらしくなく、なかには数十億円の案件もあるという。寳槻は「彼らの課題解決にしっかり寄り添えば、幅広いステークホルダーに利用の裾野が広がっていきます」と説明する。
型破りな父親の教育方針で、高校には進学せず、独学で京都大学に入学した。その過程で醸成された、クリエイティビティやイノベーションへの関心、そして多くの人が気づかないうちに受け入れてしまっている理不尽や非合理に対する半ば怒りのような感情が、起業家としての寳槻の土台になっている。その個性を評価し、信頼してくれる仲間が社内外に集い、強力なビジネスエコシステムを形成しつつあるという手応えも。
創業時12人で始めたビットキーの従業員数は200人を超えた。「ビジネスの成功には知力、体力、時の運が必要といわれますが、僕が恵まれたのは時の運ですね。特に人とのご縁だけは、自信をもってワールドクラスです。従業員もお客さんも、みんなが目を輝かせて働ける、暮らせる世の中をつくっていきたい」
寳槻昌則◎1985年生まれ。京都大学卒。在学中に映画の助監督や教育スタートアップの起業を経験。Works Applications Americaのシニアヴァイスプレジデントを経て、2018年にビットキーを創業。