世界で初めて植物工場によるいちごの安定量産に成功したOishii Farm。米国を主戦場に、前人未到の「食糧危機からの解放」に挑む。
2024年2月、古賀大貴が率いるOishii Farmは、シリーズBで200億円の大型調達を実施した。植物工場を手がける同業他社の多くが資金繰りに苦戦するなか、NTT、みずほ銀行、荏原製作所をはじめとする日本の大企業に加え、欧米のサステナビリティファンドも参加したこのラウンドは、生産者にとどまらず、世界の農業のあり方を変えようとするOishiiFarmへの期待の大きさを浮き彫りにした。
植物工場のほとんどがレタスなどの低単価で味の差がでない葉物を生産しているのと対照的に、同社は日本種の高品質いちごを展開。独自のハチ受粉技術を開発して、植物工場での安定量産に成功し、米大手高級スーパーのホールフーズ・マーケットをはじめ東海岸の約300店舗の食料品店で流通させている。引き合いは強く、「納品すれば即完売の状況。数々の大手小売チェーンから、現在の販売量の数十倍という発注が届いています」と古賀は声を弾ませる。
24年6月には、サッカーコート3面以上の規模を誇る量産植物工場をニュージャージー州で稼働し始めた。ロボティクスやAIによる自動化によって、従来比20倍という飛躍的な生産量の向上を見込む。しかし、ここまでの歩みは、古賀の思い描く農業変革の第一段階を終えたに過ぎない。
Oishii Farmが解決を目指すのは、将来訪れる世界規模の食糧危機だ。次世代の植物工場を通じて、高品質の農産物を多品目で生産、そして世界各地へ展開するため、技術開発を加速していく。古賀は24年4月、その青写真を共有し、農業が新たな時代を迎えつつある現状を広く知らしめるため、世界的なスピーカーが講演する「TED Talks」に日本人史上4人目となる登壇を果たした。「たった10分間のために、何十回と原稿を書き直しました。プレゼンの練習も1000回くらいしましたね。事業を加速する起爆剤になると考えて、その準備に23年末から最も時間を費やしました」。
この登壇を契機に、「今までとは違う世界に足を踏み入れられた」と古賀は言う。例えば、TED代表のクリス・アンダーソンらが主催するコミュニティ合宿に招待された。そこに集結していたのは、デカコーン予備軍ともいえる世界の有力クライメートテック起業家やVC関係者、さらにアル・ゴアやラリー・ペイジといった有識者など100人。古賀はこれまでの歩みが間違っていなかったと確信した。
「事業の構想が大きく、『風呂敷を広げすぎ』だと異端児のように扱われたこともありました。しかし世界のトップ起業家たちは、さらに上を行くような夢を描いていた。もっと視座を上げないといけないと、刺激をもらいました」
25年、Oishii Farmは技術開発の新たな拠点を日本に開設する。植物工場には施設園芸と工業の高い技術を要するが、その両面で優れた人材を豊富に抱える国は、世界中を見渡しても日本しかない。「『ジャパン・アズ・ナンバーワン』といわれた時代に積み上げられた技術資産を、これから立ち上がるグローバル産業にそのまま活用できる。ひとりの日本人として、その可能性にわくわくします」。
技術の確立により、生鮮野菜や果実、穀物を合わせて200兆円市場に成長すると予測される植物工場産業。自動車産業に次ぐ「日本のお家芸」への発展を目指し、古賀は未踏の挑戦を続ける。
古賀大貴◎2009年慶應義塾大学卒。コンサルティングファームを経て、UC バークレーでMBAを取得。2016 年にOishiiFarmを設立。世界最大級のいちご植物工場を稼働させ、米国で販売地域を拡大している。