芽生え始めた医療インフラとしての自覚。薬局業界を変革に導いてきた創業者ふたりの目線は、さらなる高みに向いている。
「日本の患者さん、そして医療を下支えするインフラの一部になってきた自覚がある。強い責任感とともに、やりがいを感じています」
服薬指導や薬歴記入など、薬剤師の業務を支援するDXソリューション「Musubi」をはじめ、カケハシのプロダクトは現在、大手ドラッグストアチェーンを含む全国1万2000店舗超の薬局が導入。薬局向けPOSレジシステム開発のコード・アールを子会社化するなど、M&Aも駆使して高成長を続けている。市場シェア20%に達する事業規模になったが、代表取締役・中川貴史の言葉は、現在地に慢心せず、目指す場所がさらに遠くにあることをうかがわせる。
バーティカルSaaSを主軸として「薬局DX」に取り組んできたカケハシだが、この1年は患者が治療を積極的に継続できるようにかかわる「ペイシェント・エンゲージメント」に力を入れてきた。例えば生活習慣病では、服薬治療を開始して半年以内に60〜80%の割合で患者が自ら中断してしまう一方、薬剤師が目的を説明しながら薬を調剤すると、そうでない場合と比べて継続率が20%以上改善するというデータがある。
こうした薬剤師による服薬指導やフォローアップは法律で義務化されているが、人材不足などがネックとなり、服薬フォローまで手がまわっていない薬局は依然として多い。同社の「Pocket Musubi」はLINEを活用したアプリケーションで、半自動化された服薬フォロー機能などによって患者の服薬を支援する。
「服薬開始後しばらくは副作用が現れやすく、その後は効果が顕著になる薬物治療において、MusubiやPocket Musubiを活用した薬剤師のかかわりによって、平均継続率が2〜3倍になった例もありました。患者さんを救う一助となれたことがうれしいですね」(中川)
薬が適切に使われ続けることで、患者の治療効果を最大化できる一方、薬局や製薬メーカーにとっても継続的な収入が見込める。また、カケハシは後発医薬品の供給が不足しているという社会課題を解決するため、自社がもつ薬局の需要データを活用し、AIによる高精度の医薬品在庫管理システムも提供。日本の医薬産業へ貢献しようと事業を拡大してきた結果、かかわるプレイヤーの裾野が広がり、視線も上を向くようになった。
「創業当初は、薬局業界のオペレーションという部分的な課題を解決しようとしていた。ステークホルダーが増えたことで、『医療業界の課題は何か』という大きなテーマを意識して対話するようになりました」ともうひとりの代表取締役・中尾豊は話す。
今後はPocket Musubiのユーザー数をさらに拡大し、服薬に限らず、ユーザー自身で健康を守る「セルフメディケーション」をサポートするアプリへと発展させる構想だ。同時に、M&Aを柱にプロダクト群を拡充させる。最終的に目指すのは、サプライチェーンの上流から下流までを一気通貫で支える医療業界のインフラだ。
「創業してから言い続けてきたことが、かたちになってきた。ようやく登る山のふもとに立てました」(中尾)
より良い医療を実現するプラットフォームの構築に向け、中川と中尾のふたりは歩みを加速させる。
中尾 豊◎武田薬品工業にてMR(医療情報担当者)として活動した後、2016年にカケハシを共同創業。
中川貴史◎東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2016年にカケハシを共同創業。