アメリカで見た日本の未来
野澤が業界を熟知しているのは、電力業界出身だからだ。大学卒業後、関西電力に入社。LNG調達を担当していたが、2011年東日本大震災で原発が止まり、「市場の暴力性に打ちのめされた」という。「電力維持のため、LNGを世界中からかき集める必要がありました。資源メジャーなどの取引先は『日本を助けたい』と心配してくれます。その一方で、よだれを垂らして高い価格を提示してくる。資源のない国の脆弱さを痛感し、エネルギーこそ自分が生涯をかけて登る山だと思いました」
その後、渡米してMBA取得し、14年に現地の資源商社へ。16年に日本の電力自由化が決まっており、そこに向けて何ができるのかを模索するためだった。
アメリカで衝撃を受けたのが、ICE(インターコンチネンタル取引所)やCME(シカゴ・マーカンタイル取引所)が提供するエネルギーのヘッジ取引市場だ。単に市場があるだけでなく、スマホで簡単に10億円単位の取引ができた。アメリカで今起きていることは、日本の未来。これで起業しようと帰国し、2年の準備期間を経てenechainを立ち上げた。
「最初は大手電力会社にアプローチしても相手にされませんでした。中小事業者にターゲットを変えて少しずつ取引実績を積み上げていたら、立ち上げ半年後に北海道電力が関心を示してくれた。当時、わが社は原宿の築60年のマンションにあった。オフィスに来た北海道電力の方が、あからさまに不安そうな表情をしていたことを覚えています(笑)」
それでも北海道電力は野澤の取り組みに共感して電気を卸すように。同社を含む旧一電の複数社と取引を始めたインパクトは大きく、徐々に参加企業が増加。巨額なマネーが動く取引は売買相手の与信が重要だが、三菱UFJ銀行との協業により与信チェックや保険の仕組みも整備。現在は大手を含めて約250社が参加して、23年の出来高は1兆円を突破した。新しい市場を確立した野澤は「eSquare」を強化するとともに、同じプラットフォームを活用したCO2 クレジット取引市場の創設や、他市場との連携にも取り組んでいる。
野澤は、ICE創業者ジェフ・スプレッチャーを「私のヒーロー」と呼ぶ。ICEはエネルギー業界を飛び越え、今やニューヨーク証券取引所まで傘下に収める巨大グループになった。野澤もスプレッチャーの背中を追うのか。その問いに対して、何とも言えない笑みを浮かべた。
「今は金融領域に出ていくことは考えていません。『いつか東証を買いたい』なんて言うと怒られますよ(笑)。ただ、それくらいの気持ちで社会にインパクトを与えたい。今この瞬間はエネルギー業界のペイン解決に全力を注ぎます」
野澤 遼◎関西電力、米資源商社を経て、ボストン コンサルティング グループにてエネルギー企業向けの経営コンサルを提供。2019年にenechainを設立。東京大学経済学部卒、ペンシルベニア大学ウォートン校卒 (経営学修士)。