アート

2024.11.13 14:15

なぜ巨匠マネは生涯タブーを破り続けたのか。最後の問題作から経営者が学ぶべき視点

コートールド美術館所蔵、エドゥアール・マネの「フォリー=ベルジェールのバー」(著者撮影)

一時代を築いた名アーティストには独自の思考法や戦略があり、そこから現代のビジネスリーダーが学べることは多くあります。キーワードはコンテクスト。今回は近代美術の父、エドゥアール・マネの作品を題材に、経営の思索を深めていきましょう。

マネの問題作に隠された秘密

先日ロンドンへの出張時にコートールド美術館へ足を伸ばし、マネの大作「フォリー=ベルジェールのバー」を鑑賞してきました。一見、ごく普通の綺麗な絵画に見えますが、この作品は1882年にサロン・ド・パリで発表され、大きな物議を醸しました。

「フォリー=ベルジェール」はフランス・パリにあるミュージック・ホールで、19世紀末から20世紀初頭にかけてパリのナイトシーンを代表する社交場でした。そんな華やかな雰囲気とは裏腹に、この作品の主役、店内のバーで働く女性の表情は虚ろで、どこか媚びない目線をこちらに投げかけているようにも見えます。

当時、パリ随一の人気店だった「フォリー=ベルジェール」のバーガールは花形でしたが、彼女たちは娼婦の役割も担っていました。マネはこの作品で、当時タブー視されていた娼婦にスポットをあて、あえてメインストリームで社会に提示しました。大量消費時代が到来し、世間での宗教観や女性への価値観が大きく変わるところをとらえ、美しく表現したのです。

また、作品の構図にも違和感を覚えます。背景は鏡像であり、カウンターに正対したバーガールの後ろ姿を描く場合、それは彼女の真後ろにあるはずです。しかしこの作品では右にずれていて、鏡には彼女と向き合う男性客の姿も描かれています。さらに、カウンターに並ぶボトルや果物は鮮明に描かれていますが、鏡のなかではあえてぼんやりと描かれ、見事な対比で表現されています。

実はこれらはマネが遠近法などを計算し尽くし、観る者の印象を左右するために用いた超絶技巧です。これを、経営の世界における新商品やビジネスモデルの開発に置き換えると、極めてイノベーティブかつ破壊力のある戦略を取ったことになります。

また、この作品が描かれたタイミングにも意味があります。マネが晩年に手がけた最後の大作だったのです。マネはこの作品を描く20年ほど前の1860年代前半に、「草上の昼食」や「オランピア」などの同じく娼婦を描いた近しいコンセプトの作品で大きな物議を醸した後、すでに市場で高い地位を確立していました。この作品はそんなマネだからこそ生み出せたものだと言えます。

アートと経営の思考をフレームワーク化し、自分のものに

アートの市場はすべてコンテクストでできています。その時代、時代の常識があり、あえて打ち破ることで学会や市場で新たな評判が形成され、それが後に評価され、大きな先行者利益を得ることにつながっていきます。

経営も同じ。連綿と続いてきた業界の常識を打破し、イノベーションを起こしていくことで、ファーストペンギンが得られる利益は大きくなります。アートと経営、いずれもコンテクストを読むことが求められ、ふたつには近似性があります。

経営者がアートに触れることで、経営の思考プロセスにアーティストの思考プロセスを落とし込み、自らの意思決定のためのフレームワークとして昇華させられると、経営者としてのレベルが一段上がると考えています。

まずは、経営者の思考プロセスをまとめると、次のようになります。

そこに「フォリー=ベルジェールのバー」の制作にあたりマネがたどった思考のプロセスを重ねると、次のようになります。

まず、(1)から(2)に至るまでを見てみましょう。マネの生きた時代は産業革命という時代の転換点にありました。マネはそれより少し前のバロック時代に活躍したスペインの画家、ベラスケスやゴヤなどから強い影響を受け、技術的には彼らを完璧な形で踏襲しています。

宗教画や肖像画などに代表されるように、それまで絵画では高貴で特別な存在を描くことが暗黙のルールでした。しかしマネは「フォリー=ベルジェールのバー」でブルジョワジーが集うミュージックホールを舞台に選び、ある意味その時代の象徴であり、商業主義に翻弄されながらも強く生きる夜の世界の女性を題材にしました。
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文=岩渕匡敦

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