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2024.11.29 16:00

リヒテンシュタイン公爵家のプライベートバンク・LGTのノウハウが日本の富裕層にいま必要とされるわけ

900年におよぶリヒテンシュタイン公爵家の資産管理を担うプライベートバンク・LGTが日本に進出して3年を迎えた。日本拠点となったLGTウェルスマネジメント信託株式会社が浸透させてきたプリンスリー・ストラテジーとは何か。LGT財団理事のフーベルトゥス・フォン・ウント・ツー・リヒテンシュタイン公子、LGTウェルスマネジメント信託株式会社 代表取締役会長兼プライベートバンキングジャパンCEOの永倉義孝がその歴史から振り返る。


リヒテンシュタイン公爵家を唯一の株主とするプライベートバンクであり、LGTウェルスマネジメント信託株式会社の母体であるLGTは、900年以上の歴史を有する公爵家一族のファミリーオフィスとしての起源をもつ。近代のプライベートバンクとしての嚆矢(こうし)は、1921年に設立されたバンク・イン・リヒテンシュタイン(BIL)にある。資産運用管理戦略、インパクト投資、ファミリー・ガバナンス、国際的フィランソロピー活動などの分野で公爵家が培ってきた知識・経験をベースとしたアドバイスを世界中の資産家に提供することで、現在では5800名を超える従業員を擁し、世界約30拠点で事業を展開する世界有数の民間プライベートバンクに成長した。

フーベルトゥス公子は、公爵家とLGTの関係をこう語る。

「LGTはリヒテンシュタイン公爵家のファミリーオフィスを起源にもつ国際的プライベートバンクです。そもそもリヒテンシュタイン公爵家は神聖ローマ皇帝であったハプスブルク家の有力貴族で、財務アドバイザーという立場でした。歴史的に公爵家は中世、近世の欧州において大きな役割を果たしてきました。そして、非常に困難な世界史のなかにおいて血脈、資産、国家元首の立場を守り続けることができた数少ないファミリーであるといえます。経験に裏付けされたさまざまなアドバイスが世界中の富裕層より信任を得て、LGTは国際的プライベートバンクに成長することができました」

プライベートバンクとは富裕層のファミリーオフィスを起源にもち富裕層向けの資産保全、資産運用の金融サービスに特化した銀行を指すが、「ファミリーオフィス」については少し説明が必要かもしれない。かつて、富裕層の資産管理は公証人や弁護士による信託(トラスト)が主流であったが、取り扱う財産が増加し、運用形態が複雑化したため、複数の財産管理人(ウェルスマネージャー)を雇う財産管理形態として、ファミリーオフィスが誕生した。また、ファミリーオフィスは財産管理にとどまらず、子息の教育など家政全般に目を配る。

つまり、ファミリーオフィスとは、プライベートバンクのなかでも特に信頼と長期関係に基づくサービスを提供している組織であり、サービスだと言える。

現在、リヒテンシュタイン公国は1人当たり名目GDP(2022年国連統計)が2位、公的債務がゼロという豊かさを享受しているが、公爵家は公国から歳費を支給されていない。公爵家の資産管理が国家に依存せず行われている背景には、LGTの存在があるといえる。

LGTのDNAであるプリンスリー・ストラテジーとは

LGTが提供するアセットのDNAとなっているのは「プリンスリー・ストラテジー」だ。これはLGTの旗艦運用戦略である。この運用戦略はもともとリヒテンシュタイン公爵家が自らの資産を管理することを目的として設立されたものであり、設立来世界の多くの富裕層ファミリーが運用ポートフォリオの中核として採用してきた。そして、日本においても金融資産10億円以上の富裕層を主な顧客対象として、LGTはこの旗艦運用戦略を提供している。永倉はこれを「公爵家と同じ船に乗ること」とたとえる。

「LGTが提供している投資商品のほとんどは、オーナーとの共同投資です。オーナーである公爵家が自ら投資したものに、お客様は相乗りして投資します。そして非常にユニークな点は、LGTの従業員も資産運用においてこの戦略に投資をしていることです。従業員が会社とこの戦略に強い信頼を置いている証拠であるといえるでしょう。つまりLGT、オーナー、お客様、そして従業員の間で利益の相反関係がないということです。この点がほかの金融機関との最も大きな違いです」(永倉)

そして、このプリンスリー・ストラテジーは、米国のアイビーリーグの大学基金の運用で用いられている「エンダウメント投資」を採用している。超長期的な運用方針で世界中に投資し、株式や債券、不動産だけではなく、プライベート・エクイティ、プライベート・デットにまで幅広い資産クラスに分散させている。

このアプローチについて、フーベルトゥス公子は、「ローリスク・ミドルリターン」を目指していると説く。「私たちの運用戦略は資産の保全にあります。期待リターンは純粋な株式のポートフォリオに相当するものですが、リスクはより低いものを目指しています。そして、この共同投資のアプローチは、公爵家とお客様、従業員が同じ投資戦略に沿って、共同で投資することを意味します」(フーベルトゥス公子)

プリンスリー・ポートフォリオの特筆すべき点は、1999年から現在に至るまで、5年間の米ドルベースのローリングリターンで計算してみると一度も元本を割り込んでいないことにある。だが、LGTの真価はこれらアプローチや成果だけではない。ワンオーナーであるLGTは、短期的な経営目標達成や株価上昇など、不特定多数の株主を考慮する必要がないため、顧客本位の超長期運用を実現することができる。

「一般の金融機関とお客様の関係はテーブルを挟んだ、相対する関係であるといえます。しかし、LGTとお客様との関係性は、テーブルに隣同士で座って同じ方向を向いている関係と表現できます。これは銀行とお客様との間で利益相反がないLGTだから実現できる関係性です。

また、我々のお客様へのご提案は30年から40年もの間、世代を跨ぐ時間軸を基本とする内容となっています。私たちはその時間軸をベースにポートフォリオ運用、インパクト投資、ファミリー・ガバナンス、フィランソロピー活動などのオーダーメイドの提案を行います。上場している金融機関の場合、戦略、組織、哲学、人材を数十年の期間まったく変えずに保つのは非常に困難でしょう。LGTはワンオーナーであるからこそ、ビジネスの永続性や継続性を担保できるのです」(永倉)

日本の富裕層の意識が変わったLGTに求められたグローバルな視点

日本の個人資産金融残高は、2023年末で2141兆円となり、過去最高を記録した。そのうち、資産1億円以上を持つ富裕層の純金融資産は約690兆円で、モルガン・スタンレーの分析によると2030年までに906兆円に達する見込みだという。

もちろん、LGTは米国に次いで2位となる日本のポテンシャルに照準を合わせて進出したわけだが、「金持ち国」といわれる日本で、多くの外資系金融機関がプライベートバンキングビジネスで苦戦し、撤退を余儀なくされた。

永倉は空白の10年を経ての日本進出を、こう振り返る。「日本のマーケットは世界のなかでも富裕層ビジネスにおいて、高いポテンシャルのあるマーケットとして有名です。日本進出には、市場に大きな魅力があったことが前提にあります。

しかし、外資系金融機関が日本でプライベートバンキングというビジネスにチャレンジした30年間の歴史を振り返ると、その多くが撤退というかたちで幕を閉じました。その背景には、多くの規制、外資系金融機関との取引を躊躇する保守的な国民性、日本の金融機関がもつ圧倒的な信頼性という大きな3つの参入障壁があったと考えられます」

LGTは日本進出にあたり、これら市場分析を綿密に行った。すると従前は外資系にとって逆風だと思われた環境が、むしろ追い風に変わったことが分かってきた。資産運用立国に標ぼうする政府の方針により外資系金融機関への市場開放の流れが明確になり、また、金融庁も金融機関にフィデューシャリー・デューティーを果たすことを求めるなか、世界的に高い評価を得る投資運用能力をもち、同時に顧客主義のビジネスモデルをもつLGTがその真価を発揮できる環境になってきた。

しかし、10年で最も変わったのは、顧客である富裕層の考え方だったと永倉は言う。「日本のプレゼンスが世界的に急速に落ちていることに対して、富裕層は潜在的な不安を抱いています。加えて、世界は歴史的なパラダイムシフトを迎えています。極めて予測困難な時代のなかで、過去の経験則の延長では資産やビジネスを守ることが難しくなっていることに、みな気づき始めているのです。

そして、もうひとつは日本の地政学的リスクが顕在化してきたことです。これら要因を踏まえて、グローバルな視点から高い専門性をもつアドバイザーを非常に強く求めるようになりました」

外資系金融機関としてのリベンジマッチは、こうしてプリンス・ストラテジーを掲げるLGTと生き残るために国際感覚と専門性を求める日本の富裕層のニーズが合致したことによって始まった。


フーベルトゥス・フォン・ウント・ツー・リヒテンシュタイン公子◎H.S.H. Prince Hubertus Liechtenstein Foundation Board Member, LGT。2021年LGTグループ財団の財団理事に就任、Liechtenstein Academyの会長も務める。Laureate International Universities社では英国およびアイルランドのマーケティングセールスヘッドとして、Sommet Education社ではドイツ、オーストリア、スイス、オランダ、スカンジナビア地域のマーケティングセールスディレクターとして数年間勤務。教育業界に長年従事し、eラーニングを専門とするTriagonal社を共同設立、CEOを務めた。チューリッヒ大学で法律と経営学を学び、その後バルセロナのカタルーニャ工科大学でe-ビジネス開発の修士号を取得。

永倉義孝(ながくら・よしたか)◎LGTウェルスマネジメント信託株式会社 代表取締役会長兼プライベートバンキングジャパンCEO、エグゼクティブボードアジアメンバー。LGTの日本におけるウェルスマネジメント事業を統括。事業責任者として日本におけるプライベートバンキング戦略全般の策定、実行、およびバンカーとして顧客へのプライベートバンキングサービスを提供。LGT入社前は、クレディ・スイス、ドイツ銀行、三菱UFJ銀行などで、プライベートバンキング業界の数々の業務に携わる。日本の金融業界における経験は25年以上にのぼり、長年の経験と日本市場に対する独自の洞察により、LGT独自の総合的な顧客サービスの確立に寄与。