2024年8月、中小企業のM&A支援を行うオンデックは事業投資部を新設した。同社が投資を行う意義、その先に指し示す日本の中小企業が進むべき道について、代表取締役社長 久保良介に話を聞いた。
オンデックが投資機能を有した背景を語る前に、代表取締役社長 久保良介(以下、久保)の人物像についてふれておきたい。
久保は2005年に同社を設立。14年から経済産業省が主導したM&Aガイドラインなどの検討プロセスに携わり、21年にはM&A仲介協会の理事に就任。業界の健全化に貢献してきた。
24年にはM&Aを検討する企業経営者が、より安心して支援を受けられる体制を構築するため、同協会において悪質な譲受け事業者の情報共有を目的とした「特定事業者リスト」の運用が開始されている。
久保が代表取締役社長を務めるオンデックが、高い志をもった企業であることは言うまでもない。同社の強みは、統合・協業することで大きな付加価値・シナジーを生む可能性が高い企業・事業者に対し、M&Aの活用による新たな事業展開を提案するディールメイク型の戦略的M&A。理念に掲げる「企業の成長と変革の触媒となり、道徳ある経済的価値を創出する」ことを、徹底的に追求している。
投資部門の設立は日本経済再生への序章
久保は、自社に事業投資部を設置した理由を次のように語る。「長年M&A事業に携わるなかで、日本の生産性・競争力の低下が止まらないことに危機感を抱いていました。世界の経済に立ち向かって行くためには、企業の生産性を高めることが急務。ですがGDPもずっと横ばいの状態が続いています。
日本の企業の約97%を占めるのは中小企業です。ならば我々がこれまで以上に深く企業に関われるサービスを拡充し、M&Aによる企業の集約や統合、合従連衝を促進していけば、より速いスピードで中小企業の生産性を高めることができる。ひいては世界に大きなインパクトを与えられるのではないかと考えました」
同社ではこの戦略を「インベストメント・バンク構想」と位置付けている。事業投資の機能を有したのは、その具体的な手段のひとつだ。設立は満を持してのタイミングだったのかと尋ねると、意外にも「ずいぶん時間がかかってしまった」と苦笑いを浮かべた。
「利益追求型の組織であればもっと早く体制を整えることができたのかも知れません。ですが我々はそうではない。ひとつの案件に対し複数人で支援を行い、企業にとって最良のM&Aを実現するために動いてきた。理想が高かったが故に事業成長のスピードが思うほど出なかったというのが課題感としてありますね」
だが同社を知る者たちは、ベストなタイミングだったのではと思うだろう。なぜならオンデックの「顧客の9割以上が紹介」であり、「コンペの勝率は7割以上」。この数字は、顧客からの熱い信頼を示唆している。
投資を受ける側が何よりも重要とするのは、信頼。その信頼を強固なものとする同社がファイナンス支援をスタートさせたことは、今後、支援を望む中小企業にとって大きな糧となるだろう。
マイノリティ投資で企業を支援
24年8月、投資事業における第一号案件が動き出した。日本政策投資銀行との協調投資で、ホタテなどの水産物卸売事業を展開する大勝フーズに対し、ハンズオン支援を行うことを発表した。
「大勝フーズさんとは元々付き合いがあり、当初は加工事業の拡充を目指した同社の買収戦略のご提案を検討していました。しかし大勝フーズさんの強みや課題を調査、整理していくなかで、買収戦略の提案のみならず、より深く同社の経営に関与し、自律的な成長基盤の整備をお手伝いすることでポテンシャルを最大限に引き出せると考えるようになりました。そこで一歩踏み込んで、当社からの出資をご提案する運びとなりました」
現在は投資以降の100日プラン、いわゆる中期計画書の作成を通じて、自社の強みや改善点をあぶり出すことで、事業をどう成長させていくかを経営陣とともに議論を重ねているという。
企業にとってさまざまな選択肢があるなかで、オンデックによる出資と支援を受けることの意義はどこにあるのか。久保は大きく2つあると話す。
「ひとつは、我々の主業がM&Aであること。そのネットワークとノウハウを使って、幅広いアライアンスのご提案が可能です。積極的な拡大策として、買収戦略や他社との資本業務提携などのサポートを受けることができる。もうひとつは出資先の経営権の獲得を目的としていないこと。現時点ではマジョリティ投資ではなく、マイノリティ出資という位置付けのため、企業側は自分たちが経営の主体であることは変わりません。我々はあくまで側面的な支援を行う立場です」
サポートを受ける側は、経営権を取られない状態のなかで、同社がともに企業戦略を考え、支援してくれる環境ができるというわけだ。
「例えば事業承継に課題を感じている企業であれば、私たちの出資を受け入れることは、前向きな “先送り”を選択することになると考えています。事業承継について考えなければならないと頭ではわかっていても、日々業務に追われている中小企業の経営者の方々は、自社の事業承継にとって何がベストなのかの選択を、すぐに判断することは難しい。親族や幹部役職員に承継するのが良いのか、外部の第三者に承継するのが良いのか、すぐには決められない。一方で、会社の成長に対する不安や課題感を漠然と抱えていても、それらの課題を解消するために5ヶ年計画を精緻に作成できるリソースは十分にない。
大企業であれば企画部門があり対応できる優秀な人材が何人もいます。ですが中小企業はそうではありません。我々はそうした企業において、ある意味、経営企画室のような存在で寄与することで、会社と組織の成長に伴走しながら客観的にどの方向がベスト、またはベターなのかを判断できる状況をつくっていけると考えています」
日本経済復活の起爆剤となる「株式会社東大阪市構想」
事業投資の目的は「世界で戦える高付加価値企業の輩出」にある。支援する中小企業に対して短期的な利益を求めるのではなく、中長期目線での投資を行うことで、世界で戦える企業としての経営基盤を整えていく。なかでも特に久保が期待しているのが製造業だ。
「日本企業が世界に対抗できる分野は、やはりものづくり。かつて日本を豊かな国へと押し上げたのが、高度経済成長期の製造業です。日本経済の強さを取り戻すカギは製造業の復権にかかっていると考えています。とはいえ、家族経営などの小さな企業がそれぞれの力で事業を拡大させていけるかというと、そうではありません。
例えば、大阪の東大阪市には中小規模の製造会社が集結しています。そこにある企業が各々で動くよりも、100社、500社が協力して役割を分担すれば自ずと生産性は上がっていく。すべての企業が統合すればいいという話ではありませんが、こうした視点で生産業を強く成長させていけないかと考えています」
同社ではこの構想を比喩的に「株式会社東大阪市構想」と呼んでいるが、この構想は全国の製造業集積地すべてに当てはめることができる。現実的にはバリューチェーンでつなぐ連携や統合をイメージしているという。
24年4月、同社はビジネスマッチングプラットフォームの運営などを行うリンカーズと業務提携した。これによりM&A支援、プラットフォーム開発、ビジネスマッチングの3つの領域において相互に協力していく。この背景には、久保の強い思いがある。
「リンカーズは特に製造業の技術マッチングが強み。中小製造業のネットワーク化、それらを技術情報レベルで保有していらっしゃいます。そのため、例えば、ある製造会社が新製品開発をする際、自社で不足している技術を他社から補うことができる。単なる取引関係、受注関係という枠を超え、資本関係まで踏み込んだ改革ができれば、製造業の方々にもっとダイナミックな提案ができるのではないかと考えています」
リンカーズとの業務提携は「東大阪市構想」への布石でもあり、インベストメント・バンク構想で描くサービスの拡充でもあるのだ。
人材強化で自社の生産性向上も目指す
オンデックはクオリティ維持のため、新卒採用および過度の中途採用は行っていない。現在の社員数は60名ほど。だが久保は、今後も少数精鋭を貫き通すというスタンスでは決してないと言う。「優秀な人材に巡り合えれば積極的に採用したいと考えています。これまでは社内体制の整備にウエイトを置いていましたが、来期以降は採用数を増やしていきたい。今後も最高品質のサービスを提供するという信念は変わりませんが、次のステップとして、より多くのお客様にサービスを提供していきたい。そのためには、我々自身も生産性を高め、事業を成長させていくことが大事だと思っています」
オンデックが求める人材について、久保はこう答えた。
「今までと変わらずですが、私たちが目指す理想を自分事として共有でき、挑戦し続ける姿勢を持っている方。ひと握りの天才は別ですが、仕事に対するモチベーションが個人の能力に比例します。モチベーションがなければ局面を打開することはできません。特に弊社の場合、多方面に業務の舵を切っています。モチベーションと自己研鑽意欲が高ければ、活躍できる無限の可能性がある職場だと思っています」
最後に、今後の展望について聞いた。
「日本経済の生産性を高めることが究極のミッションです。そのためにはまだまだやるべきことはたくさんある。しかし私一人では実現することはできません。今後は我々の理念に共鳴し、日本経済にイノベーションをもたらす人材を育てていきたい。明確なビジョンはなくとも、日本の生産性向上に自分も関与したいという視座を持った方にジョインしてもらい、盤石なチームをつくっていくことが直近の人材面での目標です」
投資事業部門を立ち上げたことで、オンデックが目指す中小企業の生産性向上は着実に前へと進んでいくだろう。「私が200歳まで生きられたらいいんだけど」と笑う久保の目は、近い将来、日本が再び世界経済を席巻する軌跡をしっかりと捉えている。