食&酒

2024.11.02 14:15

魚沼「里山十帖」がフーディーを引き寄せる理由。ローカル・ガストロノミーという新潮流

新潟の地野菜を使った昼餐。端麗辛口の日本酒とともに

メディアでもたびたび目にするようになった「ローカル・ガストロノミー」というキーワード。仕掛け人は、ライフスタイル誌『自遊人』編集長・岩佐十良氏だ。東京出身の岩佐氏が、新潟県南魚沼市に活動拠点を移したのは2004年。媒体での発信を続けながら、2014年にはリアルメディアとしての宿「里山十帖」をオープンした。

「ローカル・ガストロノミー」の定義とは「地域の風土や歴史、文化、さらに農林漁業の営みを料理に表現すること。地域の食を観光資源化することはもちろん、レストランや宿などの施設と、農林漁業、さらに加工業を連携させて、将来にわたって地域が経済力を維持できるような仕組みを作ること」。2017年に提唱した仕組みはいまや全国に広がり、その発信地としての新潟が、いま食で輝き始めている。

伝統野菜、保存食・発酵食……埋もれていた豊かな素材

「潟」の字が物語るように、豊富な水に恵まれた新潟は、米の生産量日本一を誇る農業県だ。南北に長く地域ごとに多様な食文化を持ち、長い冬に雪で閉ざされる地方では、保存食や発酵食など独自の食文化が発達してきた。加えて外せないのが、伝統野菜の存在である。東京と新潟の間には、標高2000m級の山々が連なり、長い間物理的にも遮断されていたため、生活の糧として伝統野菜が作られてきたという。作付け面積日本一の茄子は在来種だけで20種類以上もあるというから驚かされる。
筆者。新潟県長岡市で

棚田が連なる日本の原風景の中にある長岡市山古志地区では、新潟で最も古くから神楽南蛮を栽培している。長岡の代表野菜でもある神楽南蛮は、ころりんとしたピーマンのような形で、ぴりっと爽やかな辛みを持つ唐辛子の一種だ。「新潟の伝統野菜の特徴は、生活に密着している点」と岩佐氏。つまりたいていの家庭で自家採取をして自宅で栽培をしているが、問題となっているのが、こうした在来種の存続だ。神楽南蛮農家の長島久子氏は、在来種を守ろうと神楽南蛮保存協会の会長として、種の保存や供給、栽培の継承に取り組んでいる。
もぎたての生の神楽南蛮は、自然の甘みの後にピリリと辛さがくる。水分が多くジューシーだ。

もぎたての生の神楽南蛮は、自然の甘みの後にピリリと辛さがくる。水分が多くジューシーだ。

かたや長岡市の北部に位置する中之島地域は先ほどの起伏に富んだ山々の風景とは様変わりし、平野部の水田が広がるエリア。この中之島地区が誇る伝統野菜が、大口れんこんだ。かつて天然ガスも湧き出ていたほど地力が強い土地に、れんこんの栽培が向くのでは、と約100年前に栽培が始まった。

約60軒ある大口れんこん農家の平均年齢は60歳以上。高齢化が進むなか、若手女性生産者として活躍しているのが中嶋果菜氏だ。中之島出身の中嶋氏は会社員として一度就職したものの、農業を志し、長岡市の就農支援プロジェクトに応募。れんこん農家で2年研修したのち独立して4年目を迎えた。現在は2人の子供を育てながら夫とともにフルタイムで大口れんこん栽培に勤しんでいる。
れんこんの収穫風景。泥の中に浸かっての作業は特に冬には辛いが、寒さで甘みが乗るそう。
れんこんの収穫風景。泥の中に浸かっての作業は特に冬には辛いが、寒さで甘みが乗るそう。
こうした新潟の伝統野菜や山菜、発酵食の文化を料理で伝えているのが、ローカル・ガストロノミーの発信地、里山十帖である。古民家を再生した居心地の良い空間を訪れると、スマホの電源を切って、新潟の大自然に委ねたくなる。四季折々の風景と里山料理から季節の移ろいを感じるために、何度も足を運びたくなるパワースポットだ。 
5月の里山の景色。

5月の里山の景色。

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文=水上彩 編集=石井節子

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