福武:文化活動は一度止めると再開が難しく、継続が大事です。そのためにも、関心のない方にも興味をもっていただかないといけません。元々「自分たちが好きでやっている、わかる人だけがわかってくれればいい」という発想から始まった活動を外に開いていくには、決断が必要でした。瀬戸内国際芸術祭はその象徴例で、覚悟をもって、エントリーの幅を広げて開催することで、世界中の人に愛され、島には移住者も増えた。地域に新しい価値を生み出せたと思っています。
岩本:文化浸透に、無関心層向けにハードルを下げ、適切にはしごをかけていくことは重要ですが、迎合になってはいけないのが難しいところです。昨年、米国最大のアートフェア「アートバーゼル・マイアミビーチ」で開催したアート茶会では、初日は迎合してしまい、Tea serviceといわれました。翌日からは参加者との間に、結界を引いて、荘厳に行うことを強く意識し、Tea ceremonyとして、堂々と、何も喋らずに正座して接する。すると、参加者も茶碗を大事に両手で持つように。所作や道具の意味も聞いていただけた。ハードルを下げることは、同時に、文化のもつ思想に強く触れる体験があってこそ成立すると実感しました。
福武:無関心の方々が相手でも、思想を強く支える体験を提供できれば、迎合ではなく、本質的に伝える機会、文化の教育・啓発となるわけですね。
岩本:その通りです。ceremonyとしての茶会は、茶の湯の精神を祈りとして社会に伝える活動。そこを通過した方々は、もう見える世界がまったく違ってきます。結果、工芸品も数千万円単位で売れました。安易に迎合しなかったからこそ、産業が成立した良い例です。
福武:岩本さんがマイアミで実践したように、適切な結界があるからこそ、文化が育まれ、伝わるのだと思います。直島も、島だからよかった。海による物理的な隔離が、結界となったからこそ、ここまでの文化活動ができました。
岩本:まさに、大衆に迎合しない覚悟、結界を張る勇気こそ、文化を次世代へ継続させる鍵ですね。今後は?
福武:これからは芸術生態系をテーマに、結界のなかでの純粋培養を脱して、異質の混入、適切な新陳代謝により、価値が循環する豊かな文化をつくりたい。現代から生まれ、数世代先の人が愛でられるような文化をつくろうと思っています。
福武英明◎ベネッセホールディングス取締役会長、福武財団理事長。ベネッセアートサイト直島のプロジェクトを牽引するほか、2020年にはニュージーランドにてStill Ltdを創業。複数のアートやクリエイティブ企業も経営する。
岩本 涼◎1997年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。9歳のときに茶道裏千家に入門。茶歴は17年を超え、岩本宗涼という茶名をもつ。2018年21歳のときにTeaRoomを創業。中川政七商店社外取締役。