stuはこれまでに、「第70回 紅白歌合戦」の映像美術・演出、TWICEドームツアーのバーチャルセット・空間演出、ボーイズグループ・BE:FIRSTのMV制作などを手掛けてきた。
2023年には、インキュベイトファンドをリードインベスターとして、KDDI、電通、フジテレビ、松竹から資金調達を行い、デジタルアートによる空間演出手がけるブランド「fragile」を立ち上げ。また、テレビ・映画やOTTのドラマの企画制作を行う「DOTS&LINE」、SNSを活用したコミュニケーションブランディングを手がける「zeitgeist」も立ち上げ、マルチブランドでビジネスを展開している。
stuが5社目の起業となり、学生時代からクリエイターとして活躍してきた黒田は、どんな若手時代を過ごしたのだろうか。「世界を変える30歳未満」を選出するForbes JAPAN 30 UNDER 30のアドバイザリーボードを務めた黒田に、U30時代の話を聞いた。
2〜3年のサイクルで付き合う人が変化
今の仕事は、高校生のときに始めたバンド活動の延長線上にあるように思います。その頃から何のきっかけがあって大きく変わったということはなくて、僕の世界が広がるにつれて、金融だったり、テック的なバックグラウンドだったりが加わってキャリアが形成されていきました。もともと特定の領域で何かの成果を残したい、というようなこだわりは薄くて、現在でも面白いと感じられて、それが自分の資質に合っていればそれが一番だと思っています。だから20代前半には、「自分に何ができて、何ができないのか」という見極めをしました。
今はSNSで自由に発信できるので、自分の好きなことや得意なことをたくさんの人に見てもらえますし、「評価を受ける」という行為のハードルは下がっています。そしてその評価も、デジタル化でよりダイレクトに数字として跳ね返ってくる。そうしたものを指標とすれば、誰もが若いうちに自分の才能の有無や向き不向きが判断できるのではないかと思います。
適性があると思う領域で活動していると、自然に同じ趣向を持つ人との集まりができますよね。そのクラスターでの自分の評価や立ち位置を客観視すれば、よりその判断は精度が高くなるのではないでしょうか。
僕自身のことで言うと、ひとつのことを数年単位でとことん掘り下げていく才能や、それができる集中力はなかった。なので、その時々に興味がある領域を吸収しながら、ゼネラリストとしてフラットにできることを増やしていくことができればいいのではないかと考えました。20代の頃は器用貧乏でしたが、10年以上ゼネラリストを続けた結果、個別の分野でも中途半端なプロフェッショナルよりも高いパフォーマンスが出せるスキルセットを獲得できて遅咲きながらそれが今の自身のコアバリューになっています。
ただ、僕自身、自覚的にそうしていたかというとそうではありません。大学在学中には経営とプログラミングを学び、一方で音楽の世界で仕事としてクリエイティブ制作にも携わっていました。ところが大学卒業後には、契約社員として証券会社に入社する道を選びました。自分の世界を広げるため、音楽業界の小さな世界とは違う世界を見たかったからです。
20代の僕は、今のポジションから振り返るとすごく普通の若者でした。その時々でできることをコツコツやっていたら、友人や上司、メンターのような人など、付き合う人が2〜3年のサイクルで変わっていったんです。これには良い面と悪い面があると思いますが、自分にとってはそれがステップアップにつながったと思っています。