ヘリングが1982年に発表した『Untitled』は、2017年にニューヨークのオークションハウス、サザビーズで行われた競売で、650万ドル(当時のレートでおよそ7億2900万円)以上で落札されている。
ヘリングと聞いて誰もが思い浮かべるのは、様々な場所に描かれたいたずらっぽい、そして社会的に強い影響力を持つ壁画やパブリックアート、ストリートアートだろう。素早く、流れるようなラインを描いた作品で知られるヘリングは、1980~1985年の間に数百のパブリックアートを製作している。
多作なアーティストとしても知られる彼は、1日のうちに40もの「サブウェイ・ドローイング 」(地下鉄の未使用の広告スペースに描いた作品)を仕上げたこともあるという。
1990年2月16日、エイズの合併症によって31歳で死去したヘリングは、クリエイティブなコラボレーションと気概が人々の生活に刺激を与えていた時代の、ニューヨークの鼓動だった。
「恒久的」のはずだった壁画
ヘリングは1987年の夏のある日、炎天下で、マンハッタンのウエストビレッジにあるトニー・ダポリート・レクリエーション・センターの屋外プールの壁に『Carmine Street Mural(カーマイン・ストリート・ミュラル)』を描いた。知名度も人気もあるヘリングの手によるこの巨大な壁画については、ニューヨーク市も「保存すべきもの」と考えていると思われていた。だが、その壁画がいま、撤去の危機にさらされている。レクリエーション・センターの維持管理を担当する市の公園レクリエーション局は、歴史あるこの施設を取り壊し、建て直すことを計画中だ。
1908年に建てられたこの施設は、新型コロナウイルスのパンデミックによる外出規制に伴い、一時閉鎖された。それ以降、4年以上にわたって営業を休止している。建て替えを検討しているのは、この間に行った調査の結果、老朽化した建物に、構造上の深刻な問題があることが明らかになったためだという。