同展では京都大学総合博物館准教授、塩瀬隆之氏が企画協力を務めている。塩瀬氏は、同展に先立つ7月に発売された月刊誌、『図書』(岩波書店刊)で次のように書いた。
「『平和の反対語は?』と尋ねられたら、何という言葉を思いうかべますか? 最初にうかぶ言葉の一つは、『戦争』ではないでしょうか。(中略)『平和』の反対語を『戦争』や『争い』といった言葉を使わずに考えるとしたら、私たちはどんな言葉を頼りにすればよいのか。それが私の頭から離れない大きな問いの一つとなり、この企画をきっかけに、たくさんの人に同じ問いを投げかけたくなりました」
塩瀬氏の同展覧会への協力は、「この問いを尋ねまわる」ことに終始したといってもよい。
そして10月12日に行われた、開幕を記念しての「内覧会」に山田洋次監督(公益財団法人いわさきちひろ記念事業団理事長)が訪れたが、会でぜひスピーチを、との要請に「塩瀬さんの挨拶に感動した。その後に喋ることは何にもない」と言ったという。
山田監督をしてそう言わしめた塩瀬氏のスピーチの全文を以下に紹介する。
「体験していないこと」の反対語を考えられるか?
みなさんこんばんは。京都大学の塩瀬と申します。
本日は本当に大変な準備を進めてこられて、ここまで準備された皆さんに御礼とここに関わる機会をいただけたことに感謝の言葉をのべさせてください。
いくつかお話をさせていただきたいのですが、今回の展示全体のテーマが「あそび」「自然」そして「へいわ」の3つです。
去年、ちひろ美術館のスタッフの皆さんとplaplaxさんが京都大学にいらして、この展示に協力してほしいとご相談をいただきました。
私自身はNHK Eテレで『カガクノミカタ』や『考えるカラス』などの番組をお手伝いしたことがあったので、「遊び」か「自然」のテーマで声掛けいただくのだろうと思ったんですが、「『へいわ』でお願いします」と言われたのです。
「ぼく、『へいわ』でなにかしている、とは一言も言ったことがないんですけれども」というところからスタートしました。もちろん「平和」が大事なことは知っていますが、自分が生きてきたなかでちゃんと向き合ってきたことがなかったと反省したこともあり、今回お引き受けしようと思いました。
そして、私には『問いのデザイン』(安斎勇樹氏との共著、2020年、学芸出版社刊)という共著があって、たくさん問いをつくった経験から、「ではまず平和でどんな問いをつくるか」を考えました。
相談にいらした皆さんに最初に問いかけたのが、「へいわのはんたいごってなんですか?」だったんです。こう問うてみると、最初に「戦争」とか「争い」っていう言葉が返ってきたのですが、そのときに相談にいらしたスタッフの皆さんは、ほとんどみなさん戦争を経験していない世代だったのです。
では、私も含めて戦争を経験していない世代は、実は、体験していないことの反対語はちゃんとは考えられないんではないかと思いました。そうすると、体験したことのない「戦争」の反対語として「平和」を語るうちは、私たちは平和をちゃんとつくれないかも知れないと思ったのです。
そこで、この展示では、「『戦争』とか『争い』という言葉を使わずに『へいわ』のはんたいごを考えてみませんか」を最初に問うことになりました。
その日からずっと「へいわのはんたいごはなんですか?」と、たくさんの方々に問い続けました。その結果、この展示全体も「へいわのはんたいごはなんですか?」を問うものにしてくださいました。