立ち食い蕎麦より安いナポリタン
阿部:ところで、藤吉さんはサイゼリヤに行ったことあります?藤吉:あります。
阿部:味、どうでした?
藤吉:おいしかったです。
阿部:でしょう? 僕もこの間、うちの社員20人と一緒に食べに行ったんです。で、腹いっぱい飲んで食べて、1人4500円。
藤吉:それは大分、お酒を飲みましたね(笑)
阿部:若い社員は、みんな飲むし、食べるんですよ(笑)。やっぱり美味しいんですよ。で、例えばあのナポリタン(「パルマ風スパゲッティ」)が400円でしょう? 駅の立ち食い蕎麦よりも安いんですよ。
藤吉:本当ですね。
阿部:僕がなんでこんなにサイゼリヤの話をするかというと、スパークスはサイゼリヤの創業当初から企業調査していたからなんです。当時は「価格破壊」の時代でしたから。
藤吉:サイゼリヤは「価格破壊」の申し子みたいな扱いでしたよね。
阿部:そう。僕は創業者の正垣泰彦さんとも何度も会ってますが、彼はもともと理系の研究者だったんです。それで学者の道を諦めて好きだった料理の腕を活かして、飲食店を始めるんです。そこで目をつけたのが当時(1970年代)、日本ではまだまだ稀少だったイタリア料理でした。
適正なモノの値段とは何か
阿部:当時のイタリア料理は高かったので、これを安く提供するというコンセプトは意義がありました。起業家としてもチャレンジし甲斐のあるテーマだったんです。サイゼリヤがやったことは、飲食業界にイノベーションを起こしました。例えばあそこでは調理はすべて電子レンジや湯煎、オーブンなどでやって、火は使わないんです。その分、調理場のスペースを小さくできる。
普通のレストランは調理場が3分の1ぐらいを占めるのですが、サイゼリヤはせいぜい5分の1です。火を使わないから、誰でも調理しやすいですし、働く人の数も少なくて済む。だから160人席を5人で回せるんです。
藤吉:徹底的な効率化で、あの価格を実現しているんですね。
阿部:一方で僕には、ちょっとした懸念もあるんです。つまり今のサイゼリヤは、「安いから行く」というお客さんがほとんどで、「おいしいから行く」というお客さんがどれくらいいるのか。本来は「おいしいから行く」と言ってもらえるだけの味のクオリティがあるのに……。
藤吉:「安い」のイメージが強くなりすぎた、と。
阿部:どういうことかというと、これはサイゼリヤに限らず「安いから行く」「安いから買う」というお客さんばかりだと、値上げがしづらくなるんですよ。「そんな値段なら行かない」の大合唱になっちゃう可能性があるから。
あそこは200円でドリンクバーがつくから、ナポリタンとドリンクバーを頼んでも600円です。これって僕が学生だったころの喫茶店の値段と同じなんです。
僕はチポトレ(メキシカン)とかアイホップ(パンケーキ)とかのアメリカのチェーン系飲食店の客単価を調べたんですが、サイゼリヤの客単価820円というのは、それらの半分以下ですよ。
藤吉:ありえないですね。
阿部:そのありえないことを30年営々と続けてきたわけです。「消費者においしいものを安く提供する」という理念と、それを続けてきたことは大きな尊敬に値します。しかし、モノの値段というのは、適正であることが一番大事だと僕は思うんです。
藤吉:サイゼリヤはもっと高くてもいい、と?
阿部:一言でいえばそうです。サイゼリヤの場合、安いだけじゃなくて味も徹底的に追及してきていますから。
藤吉:乳製品はニュージーランドから直輸入したり、素材にも凄くこだわってますよね。
阿部:創業者の正垣さんは根が学者なんですよ。僕が会ってたときは、いつも白衣着て、実験室みたいなところで味の研究をしてましたから。日本国内でイタリア家庭料理のおいしさを極めて、それをいかに効率よく作るかを研究し続けている尊敬すべき会社です。
藤吉:サイゼリヤは、先日の24年8月期決算では過去最高益を出しています。他のファミレスチェーンが値上げに踏み切る中で値段を据え置いたことで、お客さんが集まったという分析もされているようですが。
阿部:僕は闇雲に「値段を上げろ」と言いたいのではなく、質に見合った値段にすべきじゃないかと言いたいんです。
上場企業の社会的な使命というのは、企業活動を通じて新しい価値を生むことだと思います。苦しいデフレ下にあっても、これだけ味と質にこだわってきたサイゼリヤであれば、デフレを抜けた今こそ、新たなチャレンジができるはずです。