一方、ハリス以上に苛烈な買収案反対派として知られるドナルド・トランプ候補だが、トランプは次の政権陣容を決める「政権移行チーム」指導部の共同会長に長男・次男を指名。家族総出で不退転の決意で挑む。世間からの私物化批判を受けたものの、日本製鉄の買収案に関していえば、筆者がいるワシントンでは「トランプ政権になった方が買収案は通る可能性が高い」とする専門家が多い。その理由はなぜか。
なぜ急いだのか? 労組の本音
買収案に当初から反対しているのは、ご存知の通り、USW(全米鉄鋼労働組合)である。今回の大統領選ではバイデン・ハリスを公認しており、正式な候補となったハリスによる直近の反対示唆は同労組の意向を汲んだ既定路線と言える。2016年の大統領選でもUSWは民主党(ヒラリー・クリントン)を公認。これに対してトランプは怒り心頭となると、大統領就任後、徹底的にUSWをはじめ「労組イジメ」をしたことはあまり日本では知られていない。
今回も鉄鋼業界に縁の深いUAW(全米自動車労働組合)を筆頭に、USW指導部がトランプ不支持を表明するとトランプは再び過激に批判を浴びせた。前回の大統領時代を考えると、大統領に返り咲いた暁のさらなる報復は間違いない。ゆえに労組もハリスを当選させようと支援に必死といえるのだ。
実は、トランプがUSWや労組指導部にいちいち怒る理由がある。2016年当時から労組の投票行動は静かに変質しており、指導部は変わらず旧来の左派・リベラルとして民主党支持。だが、いまや組合員の大半(及びその親族)はトランプ・MAGA(「米国を再び偉大に(Make America Great Again=MAGA)」・共和党支持者なのだ。それは統計だけでなく選挙の現場を覗くと明らかだ。手弁当で熱心に手伝いにくる草の根支援者が多いのである。よって、組合員大半の意向を無視し、旧態依然とした組織原理に沿って行動するUSW指導部をトランプが忌み嫌うのだ。労組指導部も組織内のネジレと矛盾を目の当たりにしながら、それでも団体として民主党を公認、末端組合員にハリス支援を求め続けるのだから「確信犯」と言える。
では、なぜ「確信犯」なのか。
バイデンが「過去歴代大統領の中で最も労組に理解がある」と自称するように、USWは公認の見返りに過去にないほど多くの支援を大統領から引き出している。その最大要件のひとつが米政府にも日鉄買収案に反対させ、USWの利害を何よりも最優先としてもらうことに他ならない。
日鉄買収案については、米国安全保障上のリスクを審査する財務省傘下「対米外国投資委員会(CFIUS)」の判断を待つ必要はある。しかし、ハリスが劣勢もしくは敗北になってしまうことを想定すると、せっかく勝ち取った支援が、トランプに政権が交代した瞬間、すべて白紙になることが予想される。よって、バイデン政権中の今、権力の庇護のもとに優位に交渉を進められるよう、買収案を一気に年内で進めるインセンティブがUSW内に高まるのである。
では、なぜ日本製鉄の買収案に反対しているトランプが、逆に「買収」を承認しそうなのか。