今回のノーベル賞受賞理由は「歴史的トラウマに立ち向かい、人間の命の脆さをあらわにした強烈な詩的散文に対して」とされた(スウェーデン・アカデミーホームページ)。
ハン・ガンはこれまで歴史や社会背景を絡ませながら、人間の心理や情緒を深く見つめる作品を書き続け、韓国内ではもちろん、数々の国際的文学賞にも選定されてきた。
米ニューヨークタイムズ紙は「韓国初のノーベル文学賞を受賞した女性。それは多くのことを物語っている」というタイトルの記事で、「彼女の勝利が韓国の最高の文化的功績として広く祝福された一方で、ハン氏とこれらの女性作家たちが表しているのは、根深い家父長制と、女性蔑視が残る韓国文化に対する一種の反抗である」と書いている。
家父長制に一石投じた『菜食主義者』
2016年に英ブッカー国際賞を受賞し、日本でも注目された代表作『菜食主義者』(邦訳・クオン)は、韓国社会に根強く残る家父長制が一つのテーマとなっている。韓国の一見平凡な家族の実は強烈な抑圧の中で、もがき生きる姉妹の苦悩を、静かな文体で深く表現した。ノーベル文学賞はこれまで117回(121人)授与されているが、女性の受賞者はハン・ガンを含めてたったの18人で、アジア人女性としては初の受賞となる。
韓国では、長年、「ノーベル賞を取るなら高銀(コ・ウン)か黄晳暎(ファン・ソギョン)だろう」とされてきた。特に詩人の高銀の作品は27カ国語に翻訳されており、毎年ノーベル文学賞発表の日になると、高銀の自宅の前に記者たちが待機してするのが風物詩のようにもなっていた(高銀は常習的なセクハラを2018年に告発され、現在は公の場から退いている)。
ハン・ガンは「いつかはノーベル賞を取るかもしれない」と一部で言われていたものの、歴代受賞者の中では比較的若く、「最有力候補」としては目されてこなかった。