なぜ今、クラフトへの注目と評価が高まっているのか?

レクチャーの最後にフランスのコングロマリットに代表されるマスマーケティング的なラグジュアリーとブルネロ・クチネリに代表されるタイプのラグジュアリーのどちらで仕事したいか? と尋ねると、ほぼ全員が後者だと手を挙げました。

もちろん、この挙手をぼくも真に受けるつもりはなく、実際に就職する際にはさまざまな条件を勘案して前者を選ぶことも多いでしょう。それでも、心の底にある願望が潜んでいる結果だと想像します。パリが世界一の憧れの街だと公言していたエミリーが、ローマに徐々に惹かれていく動機も分かろうというものです。
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インドにあるさまざまな職人技術を使った製品が海外市場でラグジュアリーと認知されるに相応しい。そう彼女/彼らは考えています。また、他国の企業が利益目的に文化モチーフを使う文化盗用に英国の植民地でもあったインドの人たちは敏感です。学生たちも文化盗用は日常の話題だと教えてくれました。したがって、職人仕事をコアにおき、ローカルを大事にするブルネロ・クチネリは学生たちにとって「有力な味方」なのだろうと思います。

ここで、ぼくが強調したことがあります。ローカル文化のアイデンティを職人仕事に代表させ過ぎる危険性です。

刺繍であれ、セラミックであれ、職人の技とは世界各地に共通にある一方、それぞれローカルによって微妙な工夫やテイストの違いがあります。それが文化的テイストとして味わい深ったりするのですが、その違いをアピールポイントにしようとするあまり、相違点を自分たちの文化アイデンティの根拠とするロジックが世界中で流通しています。

この現象のひとつの理由として、グローバル化によりロングサプライチェーンが普及したために生産地名の地位が下がったことがあります。作り手の顔が見えなくなり、その人の尊厳が軽んじられるがごとくの大量生産に基づくグローバルシステムに嫌気や危険性を感じた結果、ローカルと人の手の大切さが見直されてきました。それが希少性やオーセンティックというラグジュアリー認知のいくつかの鍵と結びついてくる。

ただ、その結びつき方が強くなり、さらにローカルの文化アイデンティと重なり過ぎるとローカル文化競争の色彩が増してきます。かつ、パンデミックでロングサプライチェーンの限界がみえ、世界各地で紛争が起き地政学的な問題の解決が優先順位の筆頭にあがっている現在、ローカル文化競争よりも、前述したクラフトにある共通性、あるいはユニバーサル性を語り合うことへ重心を移していくタイミングにきていると思われます。
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文=安西洋之(前半)・前澤知美(後半)

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