2024年10月1日、民主党のウォルズと共和党のヴァンスの2人の副大統領候補の間で討論会が行われた。その直後、双方の主張が正確か否かを、ニュースメディアなどが大急ぎで確認した。こうしたファクトチェックは、有権者が決断する際に役に立つのかもしれない。しかし、ファクトチェックに大きな関心を抱いているのは、ファクトチェッカーの同業者であるジャーナリストや政治評論家であって、世間一般の意見が左右されることはあまりなさそうだ。
言うまでもなく、事実は重要だ。しかし、いまは亡き社会学者ダニエル・ヤンケロビッチの言葉を借りれば、事実は「判断するための王道」ではない。重要な判断材料はほかにもある。2024年11月の米選挙では、たった1つの争点をもとに投票先を決める有権者たちがいるはずだ。
米世論調査会社Gallup(ギャラップ)は1992年から、「妊娠中絶について、自分と同じ考えをもった候補者にしか投票しない」と回答した登録有権者の割合を追跡調査している。2024年6月の調査では、そう回答した人の割合は32%だった。気候に関する意見を基準に投票先を決める人はそれよりずっと少数派だ。また、合衆国憲法修正第2条(人民の武装権)を絶対的に信じて投票する人もいれば、銃規制を巡る意見をもとに候補者を判断する人もいる。候補者の人格を基準にする人や、好き嫌いで判断する人もいるだろう。さらには、親や祖父母が支持していた政党だという理由だけで投票先を決める人もいる。
特定の政党にこだわらない人、複雑な政策問題がよくわかっていない人、これといった重要課題がない人、対立政党の候補者が嫌いなわけではない人も多い。理由はほかにもあるだろう。いずれにせよ、人々は何を根拠に決断しているのだろうか。
ヤンケロビッチは、1999年出版の著書『人を動かす対話の魔術』(邦訳:徳間書店)のなかで、意思決定について論じており、筆者は同書から多くを学んだ。ヤンケロビッチが同書で述べたところによると、ジャーナリストや社会科学者は、事実の積み重ねによって意見をかたちづくっていくが、一般市民は異なる過程を経て決断に至るのだという。
ヤンケロビッチによれば、一般市民は「対話や議論を通じて、自身の判断を形成する。他人の意見と自分自身の信念とを比較し、自分にとって納得いくものとは何かという観点に立って、意見を比較する」という。
筆者は長年にわたって選挙を追いかけてきた。そのなかで、「あなたは、自分の意見をどうやって形成しているか」という質問に対する米国人の回答に衝撃を受けたことがある。最も多い回答はたいてい、「家族や友人との会話」なのだ。