そのころ、オーストラリアからはるばる米国サンフランシスコへ向かう蒸気船が、1匹の生きた魚を運んでいた。後に「メトセラ」(聖書に出てくる長命者の名)と名づけられたハイギョ(肺魚)の若い個体だ。
このメスのハイギョは、同年から、サンフランシスコのスタインハート水族館で1世紀近くの時を過ごすことになる(2023年のDNA分析では推定93歳[±9歳]とされた)。
一緒にやってきたほかの230匹の魚がすべて死んだ後も、メトセラは生き続けてきた。この驚くほど長生きのオーストラリアハイギョは、シカゴのシェッド水族館で飼育されていた、別の長生きのオーストラリアハイギョ「グランダッド(おじいちゃん)」が、2017年に109歳で死んだことで、水族館で飼育されている魚としては最高齢となった。
メトセラやグランダッドのようなハイギョは、なぜこれほど長生きできるのだろうか。その理由は、彼らが普通の魚ではないからだ。
ハイギョは、肉鰭類(にくきるい)の系統に属する。肉鰭類は、現在地球に生息するほかの魚とは異なる古代魚の仲間だ。4億年余り前に出現したこの古代魚の系統で現存するのは、シーラカンスの2種とハイギョの6種のみとなる。
肉鰭類は、初期の四肢動物(両生類や爬虫類など)の祖先と考えられている。これらの四肢動物は、約4億年前に、海から陸上へ進出することに成功した最初の脊椎動物だ。この説が信じられている理由の1つは、ハイギョが水中でも陸上でも呼吸できる能力をもつことにある。彼らは空気から酸素を取り込み、血流に送る肺をもつ一方で、水中で呼吸するためのエラも備えている。
肺とエラの両方を備えるこうしたユニークな適応能力は、ハイギョに生存上の優位性をもたらし、数億年もの間、ほとんど変わらない姿で生き延びることを可能にした。さらに、進化的にいえば、原始的な陸上動物が、空気呼吸の能力を発展させ、完全に陸上生活を送るための道を開いた。古代の絶滅種であるイクチオステガとアカントステガは、いずれもハイギョのような肉鰭類から進化した四肢動物であり、陸上生活を送るようになった最初期の動物に属すると考えられている。
ハイギョが長生きできる(呼吸能力以外の)特徴について、いくつか紹介しよう。
・夏眠する
ハイギョは、干ばつや極端な環境条件下において、夏眠と呼ばれる不活動状態に入ることができる。泥の中に潜り、自身の周りに粘液の繭を分泌すると、代謝率が大幅に低下し、数カ月、あるいは数年もの間、水なしで生き延びることができる。
・代謝が遅い
ハイギョは、ほかの多くの魚と比べて代謝が遅い。代謝率が低いことは食物の必要量が少なく、エネルギーをより効果的に温存できることを意味する。これが長命につながっている。
・成長と繁殖が遅い
ハイギョは一般的に成長が遅く、繁殖速度も比較的低い。成長が遅いということは、健康と寿命の維持に、より多くの時間と資源を費やせることを意味する。なお、メトセラは体長約120cm、体重約18kgだ。