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2024.10.25 11:00

勇気を出したら始まった、北海道の牛飼いの冒険——一次産業の担い手たちのお悩みピッチin宮崎

2024年8月に開催された行政機関からスタートアップ、メディアや農林水産業従事者が全国から集結した農林水産業サミット「ONE SUMMIT 2024 in 宮崎」。一次産業を盛り上げるヒントを得るためのさまざまなトークセッション、Forbes JAPANとアメリカン・エキスプレス・インターナショナル(Amex)が2020年に立ち上げた「お悩みピッチ」が実施された。

さまざまなセッションが行われるなかで、分科会会場では「お悩みピッチ」を実施。「お悩みピッチ」とは、ビジネスオーナーが"お悩み人"として日々の悩みや困り事を明かし、規模や業界も異なるさまざまな経営者が"お助け隊"として自身の経験や体験談、アドバイスを共有する、成長するための対話の場である。


「ONE SUMMIT 2024 in 宮崎」での「お悩みピッチ」、「畜産・酪農」をテーマに集まったグループの"お悩み人"は、北海道・鹿追町で親子4代、100年にわたって酪農業を中心に広大な牧場を経営するうっちぃこと、酪農家、内海ファーム代表・内海洋平。

内海ファームは生乳の生産から大手乳牛メーカーへの出荷のほか、黒毛和牛の受精卵をホルスタイン(乳牛)に入れる「借腹」で産まれた子牛を肉牛農家へ販売する事業を手がけている。「牛飼い」を自称する内海は、雑種のため買い手がつかない子牛は自身で育てているという。酪農中心の現状を不安視する内海は、この雑種牛の牛肉販売を新たな収益の軸にしたいがどうすれば正当だと思える価格で販売できるのか、その方法を模索していると、静かに穏やかな口調で話し始めた。

「10年前に自身の牧場で雑種の牛が生まれたことを契機に、ほかの肉牛農家ではできない飼い方をしようと、自身の牧場の牧草だけでの生育をスタートしました。僕自身は、この雑種牛を独自ブランドとして肉牛事業をやっていきたいという思いがあります。ただ、流通している飼料で育てる場合と違い、牧草で飼育するとなると出荷できるまでの期間が倍近くかかるという課題もあり、現状は年に一頭出荷できるかどうかといったペースです。しかも、農協の規定から外れている雑種なため、肉の買い取りを断られてしまいました。牧草だけで生育すると、脂身がクリーム色っぽくなってしまいます。そうなると、一般的な霜降りとしての評価は下がってしまうんです。主要部位は懇意にしていただいている東京の飲食店の方が買ってくださっていますが、どうしても買い手がつかない部位は、自分でハンバーガーなどに加工して地元のイベントで売ったりしている状況です」(内海)

まったくもってコストや手間に見合っていないのが実情。手間にも見合う高単価でコンスタントに販売するためには、どうすればいいのか——?

隠れている価値や声を見つける

ゆっくりと、丁寧に話をしていく内海

ゆっくりと、丁寧に話をしていく内海

口火を切ったのは、都内で飲食グループを経営し、宮崎県で食肉解体・加工・卸業を営む木々家代表の小島有史。生産から消費までを一気通貫に手がける経験から、「飲食」という体験の重要性を強調する。お悩みピッチが始まる少し前からすでに内海から話を聞き始めていた小島は、内海がひとりで世話をし続けていることにも触れながら、「牛の生まれたところから食べるところまで体験できる」といった唯一無二性を掲げて、小さなマーケットで一強となることを目指すべきだと訴える。

話を聞きながら、真剣にアイデアを書き起こしていく小島

話を聞きながら、真剣にアイデアを書き起こしていく小島

「うっちぃさんが育てている牛は一般的な肉牛よりはるかに大きいんです。1トン。そんな巨大な牛を一頭育てるためには当然手間がかかります。ましてやひとりでやっているわけですから。『どうすれば高く売れるか』と悩む気持ちはわかるのですが、僕からは少し視点を変える提案をさせてください。『100年以上続く北海道の酪農牧場で愛情を持って巨大な牛を育てている』といううっちぃさんのストーリーは強いと思うんです。高く売ることにこだわるのでなく、そのストーリーを語ることに注力すれば、価値は上がるはずです。外部に向けて自身の強みを発信していくことで、すでにある魅力を十二分に伝えていけばいい。とはいえ、その発信までひとりでやるのは大変ですから、広報が得意な人に手伝ってもらってもいいと思うんです」(小島)

これに対して総務省・地域力創造アドバイザーなどを務め、連続起業家でもある地域力創造代表の近藤威志は、内海に対して、自社のビジネスモデルの強みや経営者自身の喜びについて問い直す。

「例えば、米農家さんの売上の低さと担い手の人手不足が深刻化した地域課題があるところがあったのですが、その問題を解決するために、僕は生産性の低い棚田と近隣の空き家を借りて、月額会費を募った上でのシェア棚田+シェア別荘のサービスの展開を提案したことがありました。実施できることになったのですが、結果、米の売上は一反(1000平米)あたり10万円とされていたなかで、棚田3枚と空き家で年間360万円と、既存の価格体系を超える売り上げが出ました。この例は、棚田でどれだけ生産するかを考えるのではなく、棚田をダメにしないことを最優先にして考えたアイデアです。それに、小島さんもいうように、自分で全部やる必要もないんです。自分が苦手なところは得意な人にお願いしたほうがいい。どう使うかはしっかり考えるべきですが、使える外部リソースを使うことで、うっちぃさんは自分にしかできないことをもっと追求できるのではないでしょうか」(近藤)

空き家を活用したお米食べ放題付シェアハウスで地域でチャレンジしたい若者の生活基盤を提供するなど、これまでさまざまなビジネススキームを構築してきたと自身の経験をシェアする近藤。その都度共感してくれる人たちにも“混ざって”もらいながら、新たな可能性を模索してきた。小島のアイデアと絡め、もし、絶対に信頼できると思えるパートナーが見つかったら、そのパートナーに事業の一部を任せることも可能性のひとつであるし、発想の転換が可能性を広げると熱く語る。

近藤はひと息つくと、「でもね、そもそも、大事なのはうっちぃさん自身がどうしたいのか?ということではないですか」と、経営者として、いち個人としての内海が「本当にやりたいことは何か」を問う。その上で、このセッションのゴールはどこになるのか、この議論で何をどこまで決めるのか、を確認しようと提案。お悩みピッチは、その場で何か決定する必要も、結論まで出す必要もないものだとファシリテーターが説明すると、言葉を放ったのは、ずっと黙って聞いていた内海だった。

「大事に育てた牛ですから、本当は、調理して皆さんに食べてもらうところまで全部、自分でやりたいんです」

その声には、確固たる意志がこもっていた。

大きな価値ほど、当たり前で気づきにくい?

一方、同じ生産者目線の意見も飛び交った。宮崎県で放牧養豚農家を営むPioneer Pork代表の有方草太郎は、"放牧"という強みを活かして、自身の豚が相場の5〜10倍で買い取りされている現状を共有する。有方は大阪出身。だからこそ宮崎の自然豊かな環境の素晴らしさ、この環境で放牧できることの価値を日々感じられるが、こういった素晴らしい環境のなかでずっと過ごしている人ほど、その価値に気づいていないと力を込める。内海が育てている雑種牛も「北海道の大自然のなか」「牧草だけで育てた」「規格外の大きさを持つ」こと自体が、消費者にとって大きな価値になるはず、という有方。生産者にとっては当たり前に感じていることも、第三者から見れば感動を引き起こすほどの手間暇がある。和牛と違う交雑種ならではの食べ方を提案するなど、自身の価値を再発見することの重要性を強く訴えた。

有方と農家仲間として交流が深い宮崎市で代々農地を運営するAKASAKA farm代表の野崎遥平は、内海と似た境遇にあったひとりだ。何度となく有方から、「こんなに環境に恵まれているのはすごいことだ」と言われていたが、ピンときていなかったそう。あまりにも言われるので試しに友人を招いて農地でBBQをしてみたことで、自分の農地や生産物の価値に気づいたという。何をすればいいかはわからなかったが、まずはとにかく多くの人を農地に招くということだけを決め、行動に移した。すると、集まった人々からこんなことはできないか、とさまざまなアイデアが出されたという。

「とにかくやってみる。を繰り返しているうちに、農地を活用した農業体験や研修、音楽イベントやヨガ体験といった数々の新しい取り組みへと発展していきました。ただ野菜を食べてもらおうとしていた時には『体験』の価値がわかりませんでしたが、自分たちが当たり前と捉える"農地の価値"を見直すことに勝機はあるはずです」(野崎)

参加していた宮崎市農政部職員らも「うっちぃさんはご自身で乳牛のほか、繁殖農家として農家に子牛を販売するというのは非常に特殊なケースでしょう。加えて肉牛も扱うようになればさまざまな可能性が広がるはずで、北海道で独自の路線を開拓できるのは非常にうらやましい」と声を揃えた。

人の魅力は仲間を呼ぶ

穏やかでゆったりとした雰囲気を持つため内気な印象を受ける内海だが、少しずつ自身について語り始めた。世界一美味しいステーキを探すドキュメンタリー映画『ステーキ・レボリューション』で見たスペインの牛に影響を受けて、自分の牛も「ひたすらに大きくしたい」と考えるようになったこと。だからいまも自分ひとりでこだわりをもって世話をし続けていること。そのひたむきな姿は、耳を傾ける全員の目に浮かんでいただろう。

「今日初めて会った僕らも、もうすでにうっちぃさんの力になりたいと本気で思っている。そう思わせられる人柄というのは、それだけで財産ですよ」(小島)

このお悩みピッチで出会ったにもかかわらず、始まってすぐに、小島だけでなく"お助け隊"一同、内海の人柄に惹かれ、ファンになっていた。そして内海は最後まで丁寧に、言葉を選びながら自らの思いを伝え続ける。


「僕には子供が3人いるんですが、息子が、お肉があまり好きではなく食べられなかったんです。でも、僕のお肉は食べられるんですよ。僕が焼いたハンバーガーのお肉はおいしいって言ってくれて。あの喜ぶ姿が忘れられなくて。同じように、消費者の皆さんにも喜んでもらいたい。自分で一生懸命育てた牛ですから、本当は焼くところまで全部、自分でやりたいんです」(内海)

参加者の熱が冷めないなか、終了時間を迎えた「畜産・酪農」グループの「お悩みピッチ」。最後もまた、近藤から愛のある激励が贈られた。

「今日の『お悩みピッチ』から何を持ち帰りたいですか?」(近藤)

「頭のなかで考えるだけだとまったく価値は生まれないので、まず半年以内にはみなさんをうちの牧場へご招待します。そうやって人をどんどんと呼ぶことで、ファンを増やしていきたいです!」(内海)

問われた内海は笑顔で答える。その場にいた参加者全員から、心からの応援を込めた大きな拍手が起こった。これから内海の冒険が始まる。そんなワクワク感がそこにはあった。こんな素敵な始まりがあるだろうか。

お悩みピッチ終了後、まっすぐな目の内海から出たのはこんな言葉だった。

「(お悩み人に)選んでくれて、本当にありがとうございました」

すぐ横では、早速牧場ツアーの計画が小島を中心に詰め始められていた。

自分自身が見えると、道も見えてくる

お悩みピッチ終了後は、たくさんのインプットを抱えたままで消化しきれていないような状態だった内海に、後日改めて、今回のお悩みピッチへの参加について聞いた。

「ONE SUMMITの『お悩みピッチ』での出来事は、今でも仕事をしながら思い出します。自己開示をしたことで、自分が何を課題と感じていたのかが鮮明になり、同時に『本当にやりたいことって牛を高く売ることなのか?』という問いにはハッとさせられました。自分は名刺に“牛飼いの”うっちぃと、わざわざ『牛飼い』を名乗っているのですが、実はこれは、自信のなさの表れなんだと気づきました。自分は牛と過ごすのも好きだけど、肉を焼いてみんなに食べてもらうのがもっと好きなんだと、あの場で口に出せたことによって、自分のなかの大事なもの・好きなことの順位が少し明確になってきたと感じています。自分が“ありたい姿”に気づかせてもらいました。

今、『お悩みピッチ』で出会ったお助け隊の皆さんに見に来てもらえるような牧場にするためには、何から手をつけていかなければならないのか、真剣に考えている最中です。今までの当たり前を手離すことが少しずつできている感覚があります。貴重な経験をさせていただきありがとうございました!」
内海が育てる牛たちと、牧場の様子。のびのびと、長期間に渡って育て上げられている

内海が育てる牛たちと、牧場の様子。のびのびと、長期間に渡って育て上げられている

悩みを言葉にしたことで、自身の本心と向き合うことができたという内海。「お悩みピッチ」は、さまざまなしがらみを脱ぎすて、ビジネスオーナーたちが生身で語り合う場だからこそ、お悩み人が自身のインサイトを取り戻すことができる場でもある。

同時に膝を突き合わせて真剣に意見を交わし、みんなで悩みと向き合った経験は、参加したビジネスオーナー全員にとって何かしらの新たな一歩を踏み出すきっかけになるだろう。短期的な仕事につながるわけでなくとも、一緒になって考え、一緒に体験すること、“混ざる”ことは、新たな気づきや人とのつながりを生む。

「お悩みピッチ」はそのきっかけがつくれるツールである。「虎の巻」を参考に、この「場」を多くのビジネスオーナーが体験することを、Forbes JAPANもアメリカン・エキスプレスも願っている。

過去のお悩みピッチはコチラ↓
https://forbesjapan.com/feat/amex2021_onayamipitch/

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Promoted by アメリカン・エキスプレス / text by Michi Sugawara / edit by Miki Chigira / photo by Yuta Nakayama