薄利多売から脱却したレザーバッグ職人
「日本は薄利多売を前提としている企業が多い」と菅原氏は指摘する。多く売るために品目数を増やすが、売れ残れば在庫となり、経営を圧迫して、在庫処分するべく、さらに安売りをするという悪循環に陥りがちだ。また、無駄を承知で大量に生産される恵方巻のような「恵方巻型」ビジネスも散見される。だが、同氏が著書『厚利少売』で挙げるLMVHをはじめ、ディズニーなどの大手からシリコンバレーのスタートアップまで、大きな利益を上げている企業にはそうした考えがない。ブランド価値を高めて利益率を上げれば、たくさん作る必要がない。製品が売り切れるから人気が上がり、価格も上げられる。とにかく「余らせてはダメなんです」と菅原氏は警告する。
福岡の若いレザーバッグ店から相談されたときの話がある。当初、彼はバッグの他にペンケースやコインケースなど何種類もの製品を作っていた。しかし、いくつもの製品をすべて上手に作るのは難しい。そこで、製品を珍しい形のレザーバッグひとつに絞り、利益率を50パーセントにするよう進言した。
たった1種でいいから、いっぱい作って上手になろう。人が欲しがるように改良を重ねていけば「めちゃくちゃいいもの」ができるようになり信頼が得られる、と菅原氏は考える。最初に安価なペンケースを買った人が、次に高価なバッグを買う可能性は低いが、バッグを買って気に入った人がペンケースも欲しくなることは大いに考えられる。そうした方針でバッグを作り続けるうちに人気となり、当初2万5000円だったバッグが4万円で売れるようになった。すると模倣品が出始めた。
「もともとは馬具を作っていたが、バッグを作ると評判になり模倣品が出始めたので、ウチは高級品ですよとポンと証をつけたのがエルメスです。それと同じ流れです」と菅原氏。それにより、若きレザーバッグ職人は、年商360万円から3億円にまで伸ばすことができた。
伝統工芸は現代の高級ブランドに再生
その考え方は日本の伝統工芸にも通用するのか。そのためには「正門」から入ることが大切だと菅原氏は言う。日本でしか需要のないニッチな製品にこだわらず、世界の人が欲しがるアイテムをひとつに絞って作る。自分たちが「本当にいい」と思えるものを作ることが正門だ。そして、それを高級ブランド化するのが、「伝統、伝統技術、今風にできるクリエイティブディレクター」という構造だ。
たとえばルイ・ヴィトンには、いくつ重ねても図柄がズレない非常に高度なシルクスクリーンの伝統技術がある。基本は単色のモノグラムをバッグに印刷しているが、その技術に感銘を受け、何十色も可能だと考えたポップアーティストの村上隆氏は、ルイ・ヴィトンのための何十色のマルチカラー・モノグラムを制作した。このように、伝統工芸の技術を今に生かす仕組みだ。
おもにファッション分野での伝統技術を誇るブランドがフランスには多い。ルイ・ヴィトンをはじめディオール、ジバンシー、セリーヌなどの高級ブランドを所有するLVMHが行っているのは、高度な伝統技術を持つブランドを買収し、現代向きに「再生」することだ。数百年の伝統を今から作ることはできない。大変に貴重な存在だ。
フランスと並んで老舗が多い日本でも、やはり伝統技術が数多く受け継がれている。目先の商売よりも長い目で見た伝統の継承を重視してきた結果だが、商売として成り立たなければ消えてしまう。そこで重要になるのが、持てる伝統工芸の中核にある技術を把握すること。そして、それが生かせるデザイナーと出会うことだ。それらを引き合わせる「今と歴史の媒介者」はちゃんといると菅原氏は言う。
「1個で1番になるのがいちばんいいのです」と菅原氏。日本の伝統工芸にはその力がある。Forbes JAPAN 11月号で特集したカルチャープレナー(文化起業家)たちの成功例も参考になるはずだ。
菅原健一◎Moonshot代表取締役CEO。企業の10倍成長のためのアドバイザー。取締役CMOを務める企業をKDDI子会社に売却し、売り上げ数百億円の規模に成長させた経歴を持つ。Smartnewsのブランド広告責任者、BtoBマーケティング責任者を経てMoonshotを創業。