1983年のことだ。大学を卒業したトーマス・ゲイナー(62)は米バージニア州にある株式ブローカーのダベンポート&カンパニーに就職。入社してすぐ、オマハ出身のとある投資家についての記事を読んだ彼は、その感動を上司に伝えたくなった。
「『ウォーレン・バフェイ』という名前らしいですよ。聞いたことあります?」
「『バフェット』だよ、このマヌケ」
上司にドヤされてから40年──。ゲイナーは、世界的投資家のウォーレン・バフェット(93)の手法を模倣することでキャリアを築いてきた。
1986年にマーケルというほぼ無名の家族経営の損害保険会社に投資することになったゲイナーは、親会社マーケル・グループのIPO(新規株式公開)を手伝う過程で、創業者の孫であるスティーブ・マーケルと親しくなった。多くの保険会社がリスクを避けて予測しやすい債券へ投資する中、スティーブがゲイナーの助言で保険引受利益を使って株に投資すると、同社は急成長。自動車保険会社ガイコを買収したバフェットが、綿紡績会社だったバークシャー・ハサウェイを保険業がベースの資産運用会社へ変えたように、ゲイナーは、マーケルでそれを再現できるのではないかと考えるようになった。
90年にダベンポートを離れ、マーケル・グループで資産運用を任されることになったゲイナーは、バークシャー・ハサウェイ株を購入。同社株はマーケル・グループの株式ポートフォリオにおける70億ドルの含み益のうち、10億ドル以上を占めるまでになった。総資産額は570億ドルに達し、2023年には158億ドルの売り上げを計上。ゲイナーが入社した当時のマーケル・グループの時価総額は6000万ドルだったが、今日では210億ドルに上る。
現在のマーケルには「3つのエンジン」があると、同社のCEOに上り詰めたゲイナーは語る。保険引受、株式投資、そして傘下のマーケル・ベンチャーズが行っている非上場企業の株式取得である。中でも重要なのが保険業だ。そこで得られる、300億ドルの浮動株を含むキャッシュフローを運用する。「他の投資家とは違う“ゲーム”をしています。日々の流動性を心配せずに、長期的な時間軸で投資できるのが強みです」(ゲイナー)
“オマハの賢人”同様、ゲイナーも自社株買いを好む。過去2年間でマーケルは7億ドルの自社株を買い戻しており、24年は7億5000万ドルの自社株買いを許可している。所有するマーケル株が8900万ドルに上るゲイナーは、冗談めかしてこう話す。「現在のペースで買い戻しを続ければ、15年後には発行済み株式の半分を買い戻し、30年後には全株を買い戻すことになりますね。しかもそのときでも、私のほうが今のバフェットより若いですよ」
トーマス・ゲイナー◎米資産運用会社マーケル・グループのCEO。米バージニア州の株式ブローカーを経て、損害保険会社のマーケルへ転職。保険引受利益を使った株式投資や、M&A(買収・合併)など、バークシャー・ハサウェイをモデルに経営手腕を発揮。マーケル・グループを時価総額210億ドル規模の機関投資家に育て上げた。