経営・戦略

2024.10.17 13:30

「つくれば客は来る」バンドン・デューンズ・ゴルフリゾート成功の秘密

HBSへの進学をやめて起業

ゴルフコースのデベロッパーとして名を上げることになったカイザーだが、彼自身、若いころからそうした未来を思い描いていたわけではない。1971年、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)への入学を控えていた彼は、自分が特にHBSに行きたいわけではないということに気がついた。そして、入学を前に大好きなスキーを楽しむために訪れていたコロラド州で、別の進路を思いついた。グリーティングカード(あいさつ状・御礼状)事業だ。

「父は驚愕していました」

カイザーはそう当時を振り返る。

「父はペンシルベニア大学ウォートンスクールを卒業していましたから、息子の私がビジネス・スクールにすら進まずに、まったく未知の分野であるグリーティングカードの会社を立ち上げるなんて、どう考えても理解不能だったのです」

不安はあったが、カイザーはパートナーのフィル・フリードマンとともに、それぞれの父親を説き伏せて手にした約5000ドル(現在の価値にして約4万ドル)でリサイクルド・ペーパー・グリーティングス(RPG)を立ち上げた。ただし、スタートしたばかりのころの業績はさんざんだった。100%リサイクルの用紙に印刷されたカードが受け入れられないことに気づいていなかったのだ。

だが、カイザーとフリードマンは1975年、イェール大学出身で、ユーモアあふれる動物のイラストと気のきいたメッセージが得意なサンドラ・ボイントンと出会った。後に『ムー、バー、ラララ!』『フィラデルフィア・チキンズ』(いずれも未邦訳)といった名作絵本を世に出すことになるボイントンが、RPGのためにカードのデザインを始めたのだ。80年代半ばには、RPGは年間売り上げが1億ドルを超えるまでに成長したが、それはほぼ全面的にボイントンのおかげだとカイザーは話す。彼は、グリーティングカードの女王の異名をとるボイントンのことを、こう語る。

「当時も天才でしたが、今も天才です。バンドン・デューンズ建設のための十分な資金を用意できたのは、彼女のおかげです」

最終的にカイザーとフリードマンはグリーティングカード事業を、2005年に2億5000万ドル(現在の価値で約4億ドル)でプライベート・エクイティ・ファンドに売却した。
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文=ジャスティン・バーンバウム 翻訳=フォーブス ジャパン編集部 編集=森 裕子

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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