量子超越が教えてくれる未来
もちろん、これはまだ生煮えのアイデアだ。可能性を否定する材料は無数に見つかる。ただ、ひとつ私の教訓を伝えたい。それは、私が「WIRED JAPAN」の編集長を務めていた1990年代、量子コンピュータのアイデアを語る科学者に関する米国版の翻訳記事を掲載したときのことだ。当時この記事は読者にたいへん評判が悪かった。加えて専門家を名乗る読者から「“マッド・サイエンティスト”による荒唐無稽な絵空事を載せるな」とお叱りのメールをいただいたことを鮮明に覚えている。
周知のように、グーグルのGoogle Quantum AI Labは、2019年に同社の量子コンピュータを使って、これまで実現不可能な計算を行い「Quantum leap(量子超越)」を証明した。同年、IBMは商用量子コンピュータ Q System Oneを運用開始し、誰もがアクセスできるようにした。すでにBASFほか多くの企業が素材開発のシミュレーションに量子コンピュータを導入している。
「今日の常識は明日の非常識」という言葉があるが、イノベーションにおいては「今日の非常識は明日の常識」になる。荒唐無稽という批判を恐れず、ひとつの概念と異なる概念を融合させる思考法は、ますます重要になるだろう。
試験管で生み出される話題の「オルガノイド細胞」よりも、高度で複雑な三次元構造体をプリントできるCellbricks社のテクノロジーは新たな地平を拓くに違いない。しかし、それだけではなく、先述したような違う領域との掛け合わせや、あるいは、プリンティングする場所を地球から宇宙に変えてみたらどうなるだろうか?
ウェブが提唱した「テクノロジー・スーパーサイクル」という概念は、今後、新たな未来社会や市場を予測するとき、これまでもあった「SF思考」や「スペキュラティブ・デザイン」などの考え方と同様に新たな「レンズ」を私たちに提供し、それは大いに役立つと私は考える。
小林弘人◎インフォバーン代表取締役会長(CVO)、ファウンダー。メディアジーン取締役CVO、ファウンダー。1994年に『WIRED(日本版)』を創刊し、編集長を務める。ベルリンのテクノロジー・カンファレンス「Tech Open Air(TOA)」日本公式パートナーとなり、2017年より視察プログラムを企画、実施するほか、企業や自治体のDXやイノベーション推進支援を行う。『AFTER GAFA 分散化する世界の未来地図』(KADOKAWA)、『メディア化する企業はなぜ強いのか?』(技術評論社)、監修・解説に『フリー』『シェア』(ともにNHK出版)など、著書多数。