柔らかなロボットとバイオプリンティング
それはPolymath Labという、英ブリストル大学の研究室を率いるエルメス・ガデーリャによる講演である。同ラボはソフトロボットを研究している。それは生物のような柔らかい動きをする「ソフトロボット学」という学術領域だ。たとえば、同大学ではナメクジの動きをするロボットを発表し、注目を集めたことがある。ガデーリャ博士は生体のもつ複雑な動きは、数学的なモデルに置き換えられると述べていた。彼は単細胞生物の動きは、「弾力性」と「モーター」で再現可能だという。モーターは筋肉と同じ原理で動き、単細胞生物の運動や形態変化に関係するという。
数学者であり、暗号研究者としても知られるアラン・チューリングは、かつて生物の縞模様のパターンを数学的に解析した。同じように、ガデーリャ博士はソフトロボットが模倣する単細胞生物の動きをモーターで実現する際、それはすべて方程式で表現できると述べた。
講演では動く精子の動画が紹介された。そのような有機的な自然界のパターンは、数学的なメカニズムで再現可能というわけだ。おそらく、そのような自然界のリバースエンジニアリングは、AIによって大いに解明されるに違いない。
さて、この2つの例から、テクノロジー・スーパーサイクルというレンズを通して、思考実験をしてみよう。それは、先のCellbricksの3Dプリントされた三次元構造体が、Polymath Labが開発するソフトロボットのスキンとして用いられないだろうかという視点だ。
ソフトロボットが拓くかもしれない市場について考えてみよう。たとえば、家事支援。硬くてぎこちない動きの従来型ハード・ロボットに、食器洗いや複雑な家具の組み立ては向いていない。ロボットのアームや指先に伝えるトルクを繊細に調整することが難しいし、接触点が硬すぎる。それは、農業における収穫や選果なども同様だ。そして、災害現場などの救助や復旧作業支援の分野においても、ハード・ロボットだと泥土や重油に汚染された海に沈んでしまうなど、構造的に入り込める場所は少ない。それらにおいて、有機体に限りなく近い表皮をもつソフトロボットの活躍は期待できないだろうか。
無論、ウェッブ氏のいうように、そこにAIや接続されたセンサーが掛け合わさることも考えられる。このように、「テクノロジー・スーパーサイクル」という概念は、新たなアイデアへと私たちを導いてくれる大きな可能性をもつ。