砲が適切に使用されなかったのは、ロシア側の情報不足と、ウクライナ軍がクルスク州に攻め込んでくることはないという思い込みが主な原因だろう。ロシアの退役陸軍中将で下院議員のアンドレイ・グルリョフは「遺憾なことだが、国境を守る部隊集団は独自の情報アセットを持っていなかった」とソーシャルメディアに書き込んでいる。
したがって、ロシア軍のロケットランチャーや平射砲、曲射砲は、侵攻された場合に敵が通る可能性が最も高いルートをいつでも砲撃できるように待ち構えてはいなかった。想定外の侵攻を受けたときに、国境を越えてきたウクライナ軍部隊に狙いをつけることがなかったのは言うまでもない。ウクライナ軍部隊の迅速な行動に、準備不足のロシア軍砲兵の対応は後手に回った。
ウクライナ側はさらにジャミング(電波妨害)によってロシア側のドローンの飛行などを妨害しつつ、自軍のドローンでクルスクの空を埋めたほか、米国製の高機動ロケット砲システム(HIMARS)などによる砲撃でも侵攻部隊を支援した。
消耗する塹壕戦で主に特徴づけられるこの戦争では珍しく、クルスク州ではウクライナ軍が少なくとも当初は機動性で優位に立った。米誌ニューラインズ・マガジンの編集者マイケル・ワイスとアナリストのジェームズ・ラシュトンは、ウクライナ軍は「クルスク攻勢の劈頭にロシア領内深くへの侵入を果たした」と、侵攻から間もない時期に同誌の記事に書いている。
「多くの場合、彼ら(ウクライナ軍部隊)はロシア側の塹壕線や補強された戦闘陣地側との交戦に時間を浪費せず、迂回して進軍した。妨害のない陸路を抜けていくことで、ウクライナ軍は数時間で数キロのペースで前進できた」と続けている。