エントランスを抜けると、いきいきとした力強いグリーンの観葉植物が目に飛び込んでくる。床から天井まで、壁一面に大きく取られた窓からは光がたっぷりと差し込み、覗けば日比谷公園を一望。角度をつけた通路やランダムに配置したソファが、空間に心地よい動きを与えている。
ここはインテリアの老舗企業・サンゲツが、東京の新たな拠点として日比谷に構えた「PARCs Sangetsu Group Creative Hub(パークス)」だ。社員主体でアイデアや意見を出し合い、サンゲツ自社の設計・施工で創り上げた空間であり、サンゲツグループの価値創造拠点である。
「サンゲツグループの新たな価値創造拠点として、2024年3月、ビルの2フロアに開設しました。ワークエリアのほか、ミーティングやイベントなど自由に使うことのできるオープンスペースが充実しています。ここは、サンゲツグループはもちろん、多種多様な企業・ヒトが集まり、繋がり、新たな創造力のもとチャレンジするための場。自然なコミュニケーションを促し、会話やアイデアが偶発的に生まれるようにこだわってつくりました。」
「PARCs」開設とほぼ同時期に社長に就任した近藤康正(以下、近藤)はそう話し、「PARCs」の由来について次のように説明した。
「Connect、Collaboration、Creativity、Change、Courage、Challengeといったサンゲツグループのさまざまな“C”が集い、まるでパレードのような活気にあふれ、盛り上がる空間になるようにという意味を込めて『PARCs』(Parade of Csが由来)と名付けられました。さまざまな”C“の中でも、私が特に大事だと思うのは、Co-Creation、つまり「共創」ですね」
創業175年の歴史を持ち、インテリア内装材でトップシェアを誇るサンゲツだが、ここ数年は、まさに「共創(Co-Creation)」から生まれる新たな価値創出とさらなる飛躍に向けて、新しい取り組みを続けている。
例えば、2022年に始まったヘラルボニーとの協業も、共創(Co-Creation)の一つだ。ヘラルボニーは知的障害のある作家のアートライセンスを管理し、さまざまなビジネスへ展開する企業で、両社のコラボレーションにより、優しさが溢れるような淡い色合いの水彩画の原画をもとにしたクッションフロア(床材)を開発した。そして今年1月、ヘラルボニーが主催する国際アートアワード「HERALBONY Art Prize 2024」にゴールドスポンサーとして協賛している。
「サンゲツグループでは、パーパス(存在意義)として、「すべての人と共に、やすらぎと希望にみちた空間を創造する。」を掲げています。個々の商品の意匠としてのモノのデザインを追求するだけではなく、それが及ぼすコトのデザイン、さらには、それが社会の多様性や社会課題解決につながることを重視しています。ヘラルボニーとの協業は、まさに当社が空間創造を通じて目指す、社会価値の実現に向けた取り組みの一つです。」と近藤は話す。
この「HERALBONY Art Prize 2024」でsangetsu賞として選んだ作品も、同社の目指す空間づくりと重なるものだった。
「sangetsu賞を受賞した大家美咲さんの作品『お城』は、カラフルで小気味よいリズムが元気を与え、楽しい気持ちにさせてくれる。そして空間と人にポジティブに作用し、さまざまな出来事や繋がりを生み出すような魅力がある。それは、まさに当社が目指す空間づくりと共通します。今後、空間創りの中での協業も含め、大家さんのさらなる活躍を応援していきたい」
175年にわたって築き上げた5つの強みとDNA
老舗企業から、新たな価値創造を目指すサンゲツのここ数年の取り組み。その背景にあるものとは何か。近藤は、同社のこれまでの歩みと共にこう説明した。「サンゲツの原点は、江戸時代に遡ります。名古屋城近くで、襖や屏風をしつらえる表具師として始まり、代々家業を継承。1953年に5代目となる日比賢昭が今のサンゲツの前身である株式会社山月堂商店を設立。1950年代に日本が高度成長期を迎える中、他社に先駆けて壁紙事業に参入、パイオニア企業として強固な事業基盤を構築すると共に、床材・カーテンなどの取り扱いも開始しました。
商品のデザイン・機能を訴求しながら、日本全国に販売ネットワーク、物流網を整備し、トータルインテリア企業として飛躍的な成長を遂げました。その後、2014年に創業家よりバトンを引き継いだ前社長 安田正介は、事業環境の変化、新たな事業領域のポテンシャル等を視野に入れて、事業基盤・機能サービスのさらなる強化、海外事業への進出といった、新しい事業モデルへの転換を進めてきました。前社長 安田が進めてきた「変革と成長」との路線を継承し、企業価値向上に取り組んでいきます」
新たなビジネスモデルとは、具体的には、デザイン力とクリエイティビティを駆使した「空間デザイン」、「商品」、「物流」、「施工」の4つの機能をインテグレート・強化し、市場・分野・地域それぞれにおいて事業を拡大させていくというものだ。同社ではこの事業像を「スペースクリエーション企業」と定義している。
近藤にとって、サンゲツは総合商社勤務時代の取引先企業のひとつだったという。「サンゲツとの出会いは2011年のことでしたが、業界での圧倒的なポジション、強固な財務基盤を有し、営業力、損益管理等を含めた社員の仕事に対する姿勢には一目置いていました」と振り返る。
「会社設立以来、長年にかけて培われたサンゲツの強みは、企業ブランド、販売ネットワーク、強い財務基盤、商品企画開発力、人材の5つ。そして脈々と受け継がれてきた企業DNAとして、社会課題解決への深い関心とコミットメントがある。パーパスの実現に向けて、『スペースクリエーション企業』への転換を進め、さらなる成長を遂げたい。これまで築いた強みは、当社における強固な経営基盤でありますが、事業環境がめまぐるしく変化するこの時代、安住なんてとてもしていられません」と意気込む。
現在は、その実現に向けて模索を続けている段階だ。
「新たな価値創造=イノベーションを起こす必要がありますが、一社単独で起こすのは難しい時代です。やはりカギとなるのは、さまざまな企業・ヒトとの協働、共創(Co-Creation)でしょう。その際は、相手企業と『主と従』ではなく、『主と主』の関係性を築く必要がある。デジタル企業やスタートアップ企業、異業種企業とも積極的に協業していきたい」と見据える。
「スペースクリエーション企業」に向けて、サンゲツのビジネスモデルの転換に伴うチャレンジは、「PARCs」を舞台に、共創(Co-Creation)をキーワードとして今後も続いていく。
社会貢献を強く意識した新たなパーパス
これまで触れてきたように、サンゲツグループはパーパス(存在意義)として「すべての人と共に、やすらぎと希望にみちた空間を創造する。」を掲げている。これは、2024年に1月に発表した新たな企業理念だ。この背景にもビジネスモデルの転換がある。「20代の若手社員からマネジメントクラスまで幅広い層の有志社員87名が集い、いま当社が果たすべき社会活動とは何かを念頭に置きながら、事業のあり方を再定義しました。特に、『すべての人と共に』『やすらぎと希望』という言葉には、社会価値の創出に常に重きを置いてきた会社の精神が色濃く表れています」と近藤は話す。
サンゲツでは、社会課題の中でも格差問題の解決が重要と捉え、以前から児童養護施設の内装リフォーム支援、紛争や災害における人道上の危機発生時の緊急支援など、事業を活かした経済的・人的支援を継続的に行ってきたという。この理念一新のタイミングでは、子どもたちや住まいに関する社会課題解決に取り組む4つの団体に対する継続的支援活動も開始した。
歴史的に培われてきた揺るがない強みと社会課題に向き合うDNAがあり、共創(Co-Creation)を通じた進化にふさわしい環境がソフト、ハードの両面で整いつつあるサンゲツ。最後に近藤は力強くこう話した。
「創業精神を尊重しつつ、その時代その時代の事業環境に対してしっかりと向き合い、正しい経営をしていくことが大事。過去175年がそうであったように、これからも模索しながら邁進するのみです」
こんどう・やすまさ◎愛知県出身。1986年、東京大学卒業。三菱商事株式会社入社。2017年に中央化学常務執行役員、2018年に同社代表取締役社長に就任。2022年、サンゲツ入社。執行役員、取締役 常務執行役員を経て、2024年4月、現職に就任。