世界を旅し、ハイブランドに身を包み、パーティに参加する日々。華やかに見えるモデル、森星が何度も口にしたのは、意外にも「日々の営み」や「日本の原風景」という言葉だった。
取材の前日は、祖母の故郷でもある島根で、酒蔵に足を運んでいたのだという。日本を代表するモデル、森星。およそ10年前から活動を始めた彼女は、2021年秋、日本の文化や伝統を発信するプロジェクト「tefutefu」を立ち上げた。
それから3年、本人曰く「勉強しながらアウトプットしている」期間に、日本各地にある工房や職人、生産者たちと対話を重ね、サイトやSNSで発信してきた。23年には初のプロダクトとして漆器「SUITŌ(スイトー)」を制作、販売。それを用いたイベントのプロデュースなども手がけている。
祖母のものづくりをたどりながら
今ではまるで日本のアンバサダーのように、歴史や伝統、衣食住の文化について次々と言葉が出てくるが「これまでは、海外のクリエイターが日本に関心を向けてくれても、自分の口で何も説明できなかった」という。それがtefutefuを立ち上げた動機のひとつでもある。また、モデルとして服をまとい、ブランドストーリーをまとうなかで、背景にある哲学やものづくりに触れたことも、「日本の美学とは」と立ち返るきっかけになった。それは、ファッションデザイナーだった祖母、森英恵というルーツをたどることとも重なった。「遅ればせながら、近親者の言葉や書籍を通じて祖母のものづくりに触れています。島根県の吉賀町、自然と暮らしが調和する場所で育った祖母は、その日本の原風景の色や形をまとうものにのせ、戦後の世界に光を届けたかったのだと思います」。
ニューヨーク進出の際には、多様な人種や体型に合うようドレスにちりめんを用いたり、シルクシフォンに水墨画で和歌を描いたり。西洋の文化に日本の伝統美をのせて、共存のものづくりを実践していた。
暮らしの美は、外見にも表れる
時がたち、自分がつくる立場になってみると、「ものがあふれる時代に、手間も時間もかかり、値も張るもの」を自分らしくつくる難しさを感じている。「SUITŌ」のSHIKIシリーズは、春夏秋冬の色を、国産漆の根来塗という二層構造で仕上げたもの。使うほどに表面の漆が擦れ、持ち主ならではの模様になるのも魅力だが、塗り直して使うこともできる。端的に言ってしまえば贅沢なものだが、森は、「美しいものを暮らしに取り入れ、日々眺め、手にとっていくと、感覚が磨かれ、見る目が変わり、それが外見に表れていく」と器に込めた思いを語る。これは、森が美に貪欲であるからこその視点だ。
「世界の社交の場で目を引く人には、暮らしというベースがある。世界の文明が行き着いた東の果てであり、豊かな自然にも恵まれた日本の暮らしには、そんな美意識を高めるものがたくさんあります」