カルチャー

2024.10.05 12:15

伝統工芸を救う、 KASASAGI塚原龍雲が描く職人たちの未来

塚原龍雲|KASASAGI 代表取締役社長

塚原龍雲|KASASAGI 代表取締役社長

9月25日に発売されたForbes JAPAN 2024年11月号では、文化と経済活動を両立させ、新たな価値を生み出そうとする「カルチャープレナー」を総力特集。文化やクリエイティブ領域の活動で新しいビジネスを展開し、豊かな世界を実現しようとする文化起業家を30組選出し、その事業について紹介する。

伝統的な工芸手法を使ったアートワークで空間をプロデュースするKASASAGIの塚原龍雲は、日本を9周回ってつくった職人たちとの信頼関係をもとにビジネスマッチングを実現する。



三井不動産の物流施設であるMFLP座間のロビーには、倉庫の無機質なイメージを覆すようなアートが飾られている。6枚の連作絵画に見える作品は、実は銅板を青錆で発色させたもの。富山の伝統工芸である高岡銅器の技術で錆を育てて、寒冷色でありながらどこか温かみのあるブルーを実現した。「大仏や胸像などの銅像は、意匠性を保つため腐食が進みすぎないようにあえて最初に錆をつけます。銅像が減ってきた今、その技術が途絶えかねない。僕たちは伝統工芸を活用することで施設の付加価値を高め、日本が誇る技術を継承させたい」

伝統工芸技術をベースに空間プロデュースを展開するKASASAGIの塚原龍雲は、アートに伝統工芸を使う意図をこう説明したKASASAGIがプロデュースするのは施設だけではない。「契約上、名前は明かせない」というが、ラグジュアリーブランドの商品や有名アーティストの舞台衣装など、企業から依頼を受けてものづくりをする。

「モノに使われてきた伝統技術を空間やアートワークに応用することで、これまで伝統工芸に触れる機会がなかった人にも魅力を伝え、職人さんのものづくりの可能性を広げたい」

塚原が伝統工芸技術にこだわる背景には、市場の衰退がある。法律(伝産法)で指定された伝統工芸品の生産額は、ピークの5400億円から、2020年度に870億円まで減少。1人当たりの年間生産額は161万円という計算だ。

「若い職人さんは『儲からなくてもいいからおもしろいものづくりをしたい』という覚悟でこの世界に入ってきます。しかし、小売店はコストダウンのため、例えば器などの縁を反らせた形にするところにつくる面白さを感じているのに、こだわりの工程を省いて手間を減らせという。職人さんはそんなことをしたくて伝統工芸の世界に来たわけじゃないし、手仕事の良さが失われたものばかりになって、伝統工芸品がますます売れなくなる。負のスパイラルをどこかで断ち切らないといけません」

KASASAGIは、冒頭のアートワークをつくった金属着色職人の工芸品を委託販売していた。空間事業後は取引額が約10倍に増えた。職人に、経済的利益とともにものづくりの喜びを提供して、伝統工芸をサステナブルなものにしていく。それが塚原が目指すビジネスだ。

世界で気づいた日本文化の訴求力

今でこそ使命感に燃える塚原だが、もともとは「伝統工芸といえば古い壺の印象しかなかった」という門外漢だった。ITスタートアップでの成功を志してアメリカの大学に進学したが挫折。何なら自分でも勝てるのかと悩んでたどり着いたのが、日本文化の訴求力の強さだ。つたない英語でも、日本文化の話なら同級生は身を乗り出して聞いてくれた。これなら世界で通用すると考えて、20年3月、19歳のときに帰国して伝統工芸品のECサイトで起業した。
工芸品の仕入れ先を開拓するために、まずは100通以上の「ラブレター」を全国の工房に送付。創業から3年間は、メンバーと共にキャンピングカーを借りてあちこちの工房を訪ね回り、勉強する日々を送った。

工芸品の仕入れ先を開拓するために、まずは100通以上の「ラブレター」を全国の工房に送付。創業から3年間は、メンバーと共にキャンピングカーを借りてあちこちの工房を訪ね回り、勉強する日々を送った。

日本をキャンピングカーで9周回って、とにかく職人さんに会った。9割は世間話。徐々に家族のような信頼関係ができ、塚原がコロナに罹ったときには、心配した職人の奥さんから大量の栗金時が送られてきたという。この関係性が塚原の強み。各地の職人が工芸品を預けてくれようになった。

ヤマイチ小椋ロクロ工芸所(長野県)にて。今でも時間さえあれば、全国の職人に会いに行くという。「お世話になっている職人さんに恩返しができればという思いが原動力」と語る。

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文=村上 敬 写真=若原瑞昌

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