「株価山水図」でMETAの出来値推移を表現
都知事選でそんな「ブロードリスニング型の選挙」を実験してみせた安野氏。では「ブロードリスニング型のアート」はあり得るのか。言い換えれば、鑑賞者からのフィードバックが創作物に影響を与えることはあるのか。
安野氏によると、狭義のブロードリスニングではないものの、社会活動を反映したアート作品という意味では「株価山水図」という作品がある。実在の企業の株価チャートを、水墨画のタッチでAIに表現させた作品だ(下の作品は「META」のもの)。
「株価山水図」https://experiment.tokyo/
最後に、渋谷アートアワードで渋谷区長賞も受賞した作品「生成時計」に隠された物語、思想について聞いてみた。
「通常の時計は『今日の3時も明日の3時もまったく同じシンボルで、時間を繰り返され続ける概念』として表現されています。この時間概念は、均質な労働力を作り出してきた近代工業社会そのものです」
本作は一見するとただの風景画だ。ただよく見るとその風景の中に文字盤と今の時刻が巧妙に描かれている。この絵は毎分AIによって新たに生成されるもので、今この瞬間に地球上で朝を迎えている都市の風景がモチーフになっている。この時計で表現したいのは、「今この瞬間の1時25分」は、そこにたまたまいる人しか体験できない、「昨日の1時25分」とは全く異なる無二の瞬間であるということだ。
「時間には一回性があり、この時計の前に立つと『今この瞬間』が二度と巡ってこないことを実感できる。生成AIという技術と時間の一回性という物語。本作を時間や世界の均質性を疑うきっかけにしてもらえれば」
「生成時計」https://experiment.tokyo/
編集後記:AI時代の「ランドラッシュ」で語られようとするもの
安野氏の言葉を借りれば、AIの台頭以前に「社会のボトルネック」を外した、「世界の形を変えた」先進の技術は情報インターネットにほかならないだろう。インターネットの出現によってコミュニケーションの方法がドラスティックに変わり、人々みなが発信者になった。そして、ネット技術を応用したビジネスも先を争うように出現した。
かのジェフ・ベゾスがアマゾンを創業したころ、繰り返し口にするセリフが色々あったという。「Land Rush(ランドラッシュ)」だ。
「ランドラッシュ」とは、1889年4月22日に合衆国政府が入植を解禁したオクラホマに、未開の土地を求める白人たちが殺到した現象のこと。「ベゾスは『出来るだけ遠くまで行って杭を打つこと』という気持ちでこの表現を使っていた」(Fujisanマガジンサービス社長/アマゾン ジャパン ファウンダー 西野伸一郎氏談)。
ベゾスがインターネットテクノロジーを駆使して物語ったのは、「ネジひとつから書籍、自動車まで、イーコマースで手に入らないものはないのだ」というナラティブだった。ベゾスが選んだ主戦場はビジネスだったが、アマゾンもまた安野氏らが目指す「技術と物語」の成功例といえる。
今、AI技術の応用に人々が殺到する「AIランドラッシュ」の時代が到来した。安野氏らはアートや文学、そして政治という領域を選んで、他の誰よりも遠い場所、あるいは他の誰も「杭を打たない」土地に行きつき、われわれ同時代人をそこから手招きしてくれるかもしれない。
この先彼らは、AI技術を武器にどんなナラティブを語ってくれるのか。いかなる価値観の上書きや、世界への先入観の逆転を体験させてくれるのか。期待は広がる。
※安野氏はじめカルチャープレナー アワード受賞者については、
ForbesJapan (フォーブスジャパン) 2024年 11月号「Forbes JAPAN 11月号「世界を動かすカルチャープレナーたち CULTURE-PRENEURS 30」で