430万人以上の課金ユーザーを抱える動画配信サービス「U-NEXT」の成長などによって、2024年8月期の連結売上高・営業利益が8期連続となる過去最高の更新を見込むU-NEXT HOLDINGS。代表取締役社長CEOの宇野康秀は24年、米Forbes誌による10億ドル以上の資産をもつ人々の長者番付「ビリオネアランキング」にも初めてランクイン(2410位、12億ドル)した。
自身が創業したインテリジェンス、父・元忠から事業承継したUSEN、そしてU-NEXTの3社を上場させた実績をもち、ネットベンチャーが花開いた時代を率いて、「ヒルズ族の兄貴分」と呼ばれたことでも知られる宇野。今回、「世界を変える30歳未満」を選出するForbes JAPAN 30 UNDER 30のアドバイザリーボード就任にあたって、自身のU30時代のエピソードを語ってもらった。
私は19歳のときに大学進学で東京に出てきたのですが(出身は大阪府)、そのときにはもう、将来は起業家になると心に決めていました。20代前半は、そのための訓練として、自分の足りないところを磨いていくことに必死にもがいていた期間でしたね。
というのも、私はもともと人見知りでしたし、自分に自信がなかったんです。子どものころから読書が好きで、偉大な経営者の伝記を読み漁っていたのですが、読めば読むほど、憧れとともに、自分はこの人たちのようにはなれないという変なコンプレックスを感じるようになって。特に、経営者にはリーダーシップが重要だと思いながらも、それまでは人を取りまとめていくような経験もありませんでした。
そこで、実際に起業を志向している人たちと関われば、自分は変わっていけるのではないかと思い、大学ではサークル活動として、大学間をネットワークするような団体をつくったり、学生起業した先輩の会社で仕事をしたり、日課としてビジネスアイデアをノートに書き溜めたりして、自分を成長させることに精を出していました。
卒業後は、実際に会社組織というものを学ぶべきとの考えから、新しい企業文化をもち、当時急成長していたリクルートに入社しました。1年間で勝手に学んだつもりになって、1989年、25歳のときに起業に至るわけですが、これが自分にとって大きな転機になりました。
そのときに、長年の夢だった「社長」というのは、単なる名刺上の肩書きに過ぎないということを痛感したのです。当たり前ではありますが、ビジネスアイデアをいっぱいもっていてもあまり意味がなくて、大事なのは、起業してからどんな経営者になるのか、どんな会社にしていくのか、そしてそれをどう継続させていくのかです。儲かりそうだからとか、面白そうだからやるというよりも、自分が本気で取り組むべき仕事をしっかりと考えて、決断していく方向に思考が大きく変わりました。