特に「殺し屋」という役柄を楽しむかのように、自分の正体を隠しながらマディソンとの関係を深めていく主人公の愛の行方はなかなかスリリングだ。最後のシーンまで深く興味を繋ぎながら観ることができる、かなり上質なラブ・コメディと言ってもよい。
やや本当の「ヒットマン」の話
映画「ヒットマン」では、最初に「ゲイリー・ジョンソンの人生に着想を得た——やや本当の話」という人を喰ったようなクレジットが登場する。実は、この作品は、20年以上前に雑誌に掲載されたゲイリー・ジョンソンという男性の記事が基となっており、主演も務めたグレン・パウエルがそれを読み、監督のリチャード・リンクレイターに電話をしたことから企画が始まったのだという。
クレジットに登場した実在のゲイリー・ジョンソンは、映画「ヒットマン」の主人公のように殺し屋役を演じて警察に協力し、その潜入捜査で70人以上の逮捕者の検挙に至ったという人物だ。
彼について書かれた記事のなかには、作品の基ともなった元夫から暴力を振るわれ、止むなく殺人を依頼してきた女性を逮捕するのではなく説得して適切な支援が得られるようにしたというエピソードもあったという。
「ヒットマン」の巧みな脚本は、主演のパウエルと監督のリンクレイターが共同で執筆したものだが、ニセの「殺し屋」と夫の依頼殺人をしてきた人妻が恋に落ちるというやや突飛な設定も、この実話の裏付けがあるからこそ一本筋の通ったものとなっているのかもしれない。
物語が進むと、マディソンの本当の姿が気になっていく (c)2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
ちなみに、作品のなかで「殺し屋」役のゲイリーが、殺人の依頼人と会うときの符牒が「パイの味は?」「どのパイもうまい」となっているのも、このゲイリー・ジョンソンの記事から採用されているのだという。