挑戦を止めない男と時計ブランド
スイスの時計ブランド「ノルケイン」は、当時まだ30歳だったトビアス・カッファーによって、2018年に創業された。数百年の歴史を持つ老舗ブランドが多いスイス時計業界においては新興勢力。しかし独自性の高いデザインや素材を開発やミドルレンジの価格帯で勝負する戦略で、ユーザーから高く評価されつつある。またスイス時計文化を守ることも意識し、昔ながらの家族経営にこだわる姿勢も評価され、時計業界の大物経営者ジャン-クロード・ビバーがアドバイザーを務めたり、ムーブメント会社「ケニッシ」がムーブメントを供給したりするなど、スイス時計業界全体からも注目される存在となり、今年は世界最大の高級時計の見本市「ウォッチズ アンド ワンダーズ」に参加するなど、驚くほどの急成長を遂げている。
いうなれば伝統的なスイス時計業界におけるカッティングエッジな存在になりつつある「ノルケイン」だが、今年はForbes Japanと手を組んで「ノルケイン特別賞」を設立した。
記念すべき第一回の受賞者は、プロスキージャンパーの小林陵侑。彼もまた歴史ある競技であるスキージャンプの世界で新たな挑戦に挑み続けるカッティングエッジな人物である。すでにオリンピックのゴールドメダリストであり、スキージャンプのW杯で2度の総合王者に輝くなど、すでに地位を確立しているが、彼は挑戦を止めない。
今年の4月末。ある動画がアップされ、瞬く間に世界に広がった。それは、スキージャンプで291mを飛んだ小林陵侑の動画だった。
アイスランド北部のスキーリゾート内に設営されたジャンプ台から飛び出した小林陵侑は、約10秒間の滑空の後に見事に着地を決め、世界最長飛距離となる291mのジャンプを達成した。残念ながら、製作したジャンプ台が、FIS(国際スキー・スノーボード連盟)の公認を受けていないため非公式記録になってしまうが、この大記録や前人未踏のチャレンジが評価に値しないということにはならない。むしろ非公式記録であることが前提で挑む、その姿勢がさらに評価を高めた。
「スキージャンプを始めたころから、ジャンプ台をどんどん大きくしていったら、どこまで飛べるのだろうかって、ずっと考えていました。しかしスキージャンプは大きな実業団チームに所属し、競技活動をサポートしてもらうのがふつうですが、組織に属していると、どうしても競技以外の活動に制限がかかる。そこで自分の思いを実現させるために独立し、プロのスキージャンパーとして活動することを選びました。レッドブル・アスリートとして挑んだこのチャレンジは、ほとんど事前準備ができず、プロジェクト自体が終わったかもしれない危機もあった。今までとは違う状況のなかで、メンタルを保つのはかなりきつかったですね。これが実現できなかったらどうすればいいんだろうって」
と小林は語る。
それこそ雪も見たくない!と南の島へと旅立った時期もあったそうだが、なぜここまでの情熱を燃やしたのだろうか。
「それが、スキージャンパーとしての夢でしたからね。このチャレンジを成し遂げたいというのが最大のモチベーションであり、記録を残したいという気持ちはなかった。長年お世話になった実業団チームから独立したもの、自分がやりたいことを自由にやるため。もちろん個人に対する負担は増えますが、それを超えてでも動かなきゃいけなかった」
すでに多くの実績を積み、日本史上最高峰のスキージャンパーとしての地位を築いた小林を動かしたのは、ただ遠くに飛びたいというスキージャンパーとしてのプリミティブな情熱だった。
しかし小林は、すでにもっと先を見ている。
スキージャンプの世界に新しい風を吹かせたい
勝利を掴むことはアスリートとして当然の目標であり、それだけの結果を残してきた。しかしそれ以外のこともやりたいと思う気持ちは年々強くなっていく。「スキージャンプという競技が取り巻く環境を変えていきたい。こういう楽しい世界があることを知って欲しい。ヨーロッパではジャンプ会場が、まるで音楽フェスのように盛り上がっています。もちろんジャンパーたちは真剣に競技に向き合っていますが、観客のためには、エンターテインメント性も高めていきたい。スポーツ全般が好きで、サッカーもバスケも観戦しますが、ファンサービスや試合の盛り上げ方などをスキージャンプにも取り入れられないかなって目線になってしまいますね」
スキージャンプに新しいカルチャーを取り入れ、新しい楽しみ方を提案する。それは発言力のある世界王者だからできることでもある。すでに昨年シーズンから札幌でのワールドカップでは、大迫力のジャンプを見ながら豪華な食事を楽しめるVIPルームを作ったりと、温めてきたアイディアを形にし始めている。しかしまだまだそれだけでは足りない。
だから小林は“スタイルのあるアスリート”になりたいと考える。
「本業だけでなく、あらゆることで自分をしっかり主張するという意識は、とても大事だと思います。せっかくスキージャンプというかっこいい競技をやっているのだから、もっと多くの人に知ってもらいたいし、会場にも足を運んで欲しい。ほとんどの選手は競技に対してストイックに立ち向かっているだけで、そういう目線をもっている人はいません。でもやっていないからこそ、無限の伸びしろがあるともいえますよね」
小林がノルケイン特別賞の受賞を喜んだのは、そういう背景があったからだ。
「F1やテニス、サッカーに代表されるように、スポーツと高級時計との距離は、どんどん近くなっています。スポーツにラグジュアリーなイメージが加わるのは、アスリートにとってプラスになりますし、新しいファン層を獲得するだけでなく、競技のイメージを高める効果も期待できる。スキージャンプもそうしたいので、ノルケイン特別賞を受賞できたのは、とてもうれしいことです。スイス時計というとやはり歴史と伝統に重きが置かれる印象があります。しかしそういった業界の中で、ノルケインは創業6年で権威ある時計イベントに参加したり、ハイテク素材のスポーツウォッチを発表したり、野心的な動きをしている。この『ワイルド ワン』は、まずこの軽さに驚きました。しかも耐衝撃構造なので、着用したままでもスポーツができるというのも驚きです」
ともすれば歴史の中で硬直してしまいがちなスイス時計業界の中で、ノルケインはイノベーションを巻き起こす存在として注目されている。それはまさに小林が目指す存在でもある。
「最近はテニスやゴルフなどで、時計をつけてプレーする選手もいますよね。ノルケインの『ワイルド ワン』は78グラムという軽さなので、スキージャンプの大会で着用しても飛べるかな?実際にアイスランドでの世界記録のジャンプでは、お守り替わりに、お気に入りの時計をつけて飛んでいるんです。ルールに抵触するかは調べないといけませんが、ネックレスなどのアクセサリーは認められているので可能性はある。ノルケインと一緒にW杯を転戦するのは、かなり面白いチャレンジになりそうです」
スキージャンプを盛り上げるための仕組みづくりに興味があるという小林は、自分が楽しいと思えることを共有し、それが広げていくことで情熱を共有する仲間を増やしていきたいと考える。そしてそれはスイス時計業界において、ノルケインが考えていることでもある。
小林陵侑とノルケインはジャンルこそ違えども、同じ情熱を共有している。両者のコラボレーションから何が生まれるのか?期待感は高まるばかりだ。
ノルケインジャパン
https://norqain.com/ja/