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2024.09.10 11:00

JR東日本が目指す持続可能な共生社会の実現 福祉・アート・まちづくりで価値創出

およそ1,700の駅と鉄道ネットワークを擁し、さまざまな乗降客が利用するJR東日本グループ。同グループは、豊かな共生社会の実現のため「ESG経営」を軸に、東京2020オリンピック・パラリンピックを通じたパラスポーツの支援など、これまでさまざまな取り組みを行ってきた。

そんなJR東日本グループが、障がいのある作家とアート作品を「異彩作家」「異彩アート」と定義し、それらをライセンスビジネスで展開する企業「ヘラルボニー」と手を取り合うことで新たな領域を開いた。彼らはどのように実効性のあるアクションを行っているのだろうか。


「鉄道は多くのお客さまの、長期にわたる安定的な生活インフラです。またご高齢の方やお身体の不自由な方にもご利用いただいていますので、持続可能かつ共生社会の実現に取り組むのは私たちにとって自然な流れでした」

そう語るのは、東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)常務取締役/グループ経営戦略本部長として、SDGs、ESGを推進する伊藤敦子(写真。以下、伊藤)だ。財務畑で手腕を振るった後、15年に経営企画部に配属され、現在はグループ経営戦略本部長としてSDGs/ESG推進を所管する立場にある。

「例えば、JR東日本グループで働く社員の約半数が現在、『サービス介助士』の資格を取り、乗り降りにお手伝いが必要なお客さまのサポートをはじめさまざまな取り組みを行っています。こうしたお客さまとも自然なかたちで共生できる社会を目指そうと考えているからです」

伊藤敦子 JR東日本常務取締役/グループ経営戦略本部長

伊藤敦子 JR東日本常務取締役/グループ経営戦略本部長

共生社会の実現などを標榜する2018年7月に公表したJR東日本グループ経営ビジョン「変革2027」。「安全」がトッププライオリティであることに変わりはないが、「すべての人の心豊かな生活」を目指し、ESG経営による地域社会の持続的発展への貢献も項目化しているのが特徴だ。ただビジョン策定に関わった伊藤は、その過程でひとつの壁に当たったという。

「巨大企業グループゆえに、どんなことでも自前で実現できるという風潮が、当時社内にはありました。ただ世の中の変化のスピードは加速する一方です。未来を考えれば、オープンイノベーションによるアジャイルな変革は不可欠だと考えるようになりました」

自分たちだけが良ければいいという考え方では、共生社会などあり得ない。その強い信念で伊藤は周囲の説得に走り回った。その成果が18年の「JR東日本スタートアップ」設立だ。

ヘラルボニーと協業し、駅舎の仮囲いをアップサイクル


JR東日本スタートアップは、スタートアップ企業のアイデアや技術をJR東日本グループの経営資源と結びつけ、社会課題の解決と豊かな暮らしや元気な街、新しい未来をともにつくり上げることを目的にした橋渡し役。伊藤はそこで気づきを得た。

「さまざまなサービスやソリューションのプレゼンを受けて気づいたのは、1日1,500万人を超えるお客さまにご利用いただいている駅と鉄道ネットワークは、共生社会実現の取り組みの実証実験の場として最適だということでした」

そうしたなかでJR東日本はヘラルボニーと出会う。

JR東日本とヘラルボニーの共創第一弾は、JR吉祥寺駅を異彩アートでラッピングしたこと。

JR吉祥寺駅の異彩アートラッピング

JR吉祥寺駅の異彩アートラッピング

23年にはヘラルボニー本社のある岩手県の生活・観光インフラである釜石線で、沿岸地域の異彩アーティストによるラッピング列車の運行を開始した。伊藤が感想を口にする。

「岩手は私たちの事業エリアであり、東日本大震災からの復興という点で、思い入れの深い土地でもあります。この取り組みはとても感慨深いものでした」

岩手県・釜石線の異彩アートラッピング列車

岩手県・釜石線の異彩アートラッピング列車

そんな彼らの共創のエポックとなったのは、新設駅・高輪ゲートウェイ駅前に広がる工事現場の仮囲いに、異彩アートを「ステーション・ミュージアム」と銘打って展示、解体時には仮囲いを装飾した素材ごとアップサイクルして、トートバッグにして販売、作家の収入につなげるという試みだった。伊藤はそこで、ヘラルボニーが熱量たっぷりに目指す世界観を垣間見た気がしたという。

「色使いはポップ・カラフルで、個性的。一人ひとりの作家が伝えようとする気持ちがこもった異彩アートの数々に圧倒されながらも、多様な人々がお互いの違いと価値を認める共生社会のあり方のイメージがぼんやり浮かび上がってきたのです」


高輪ゲートウェイ駅前の工事現場の仮囲いに異彩アートを展示した「ステーション・ミュージアム」。写真下が「ステーション・ミュージアム」の展示材料をアップサイクルしたトートバッグ

高輪ゲートウェイ駅前の工事現場の仮囲いに異彩アートを展示した「ステーション・ミュージアム」。写真下が「ステーション・ミュージアム」の展示材料をアップサイクルしたトートバッグ

この取り組みは、“アップサイクル×福祉×JR東日本”による新たなSDGs推進のかたちとして高く評価され、彼らは21年2月に内閣府が催した「第3回 日本オープンイノベーション大賞」で環境大臣賞を受賞することになる。その後の変化は、伊藤の思った以上だった。

「嬉しかったのは、社員・顧客・取引先企業などのステークホルダーの方々から、たくさんの共感の言葉を頂いたことです。ヘラルボニーさんとの取り組みを通じて、JR東日本がインクルーシブに社会課題解決を目指す企業と認知してくださる方も増えました」

その取り組みは、高輪ゲートウェイ駅をコアにする100年後の未来を見据えた街づくりにもつながっていると、伊藤は力を込める。

「18年から続けている東京2020オリンピック・パラリンピックで正式種目となったボッチャの日本代表チームへ、私たちの研修センターを練習場として提供するなど、社員の身近なところにも共生社会が根付いています。高輪もまた、これから順次街が開いていきますが、さまざまなスタートアップやアカデミアと共創して、環境、ヘルスケア、エネルギーを含めた実証実験を行っていきます。実際に社会実装することで、生まれた課題をもとにアジャストし、全国で展開できるサービスにつなげたいのです」

「HERALBONY Art Prize 2024」に協賛した理由


21年11月にはJR東日本スタートアップとヘラルボニーとの資本業務提携を発表。24年8月に行われた、世界中の障がいのある表現者を対象としたアートアワード「HERALBONY Art Prize 2024」の協賛にもJR東日本は名を連ねる。

「さまざまなプロジェクトをご一緒する途上で、お互いの信頼感が深まり、自然と提携につながりました。アートアワードへの協賛も同様です」

そこでJR東日本が選んだのは、滋賀県在住の異彩作家・岩瀬俊一の「インドネシアの影絵」という作品だ。

「一見地味な色使いで強く主張してくる作品ではありませんが、近くからも遠くから楽しめ、良いことがあった日も落ち込んだ日も、どんな時でも変わらず眺められる絵だと感じました。多くのお客さまの日常、生活を支えるJR東日本グループとして、さりげなく安心感を添えてくれるそんな絵を選びました。

アートコンペ「HERALBONY Art Prize 2024」のJR東日本賞を受賞した「インドネシアの影絵」岩瀬俊一作

アートアワード「HERALBONY Art Prize 2024」のJR東日本賞を受賞した「インドネシアの影絵」岩瀬俊一作

最後に、伊藤に将来展望を聞いてみた。

「JR東日本がベンチャー企業とのビジネス創造活動としてJR東日本スタートアッププログラムを開始して、今秋に10回目を迎えます。また、今では社員一人ひとりのギアがしっかり入り、学校への出張授業など、共生社会実現にも動き出しています。福祉・アート・街づくりを有機的につなげ、未来をつくっていきたいですね」



いとう・あつこ◎1966年生まれ。90年に東日本旅客鉄道入社。財務・経営企画に従事し、2020年に総合企画本部経営企画部長に。23年から常務取締役 グループ経営戦略本部長に就任。グループ経営ビジョン「変革2027」の実現に向けたグループ経営の推進など、経営上の諸課題への対応に尽力。

Promoted by JR東日本 | text by Ryoichi Shimizu | photographs(portrait) by Shuji Goto | edited by Akio Takashiro