従来の中小企業政策は、大企業の下請けをしている中小企業の保護など、守りの要素が色濃かった。これはこれで重要だった。例えば、過去の取引慣行に縛られずに市場メカニズムを機能させるべく、下請Gメン(取引調査員)が活躍するなど日本経済の健全化に大いに役立っている。
しかし、日本経済全体の生産性をさらに押し上げるという視点に立つと、中小から中堅企業へ成長させていくのが適切な方向性だ。日本の開業率の低さや中堅企業に成長する数の少なさが意味していることは、アントレプレナーシップをもってチャレンジをする人材自体が非常に希少であるということ。この希少資源を増やし、支え、あるいは多重利用することが、「中小企業の成長経営の実現に向けた研究会」の重大テーマのひとつだ。
米国の著名経済学者ウィリアム・J・ボウモルの晩年の研究成果によれば、アントレプレナーシップをもつ人材が増えるために重要なのはインセンティブの構造だ。
例えば、国の科挙試験に合格して宦官になったほうが稼げるのだったら、アントレプレナーシップをもつ人材はその方向に向かうし、シリコンバレーで一旗揚げたほうが魅力的だったらそちらを志向する。つまり、インセンティブの構造さえ変えれば、中小企業にも自然と成長志向の人材が増えてくる。
まず決定的に大事なのは、失敗しても2度目のチャレンジができる環境をつくることだ。従来のデットファイナンスによる資金繰りでは、中小企業経営者はどうしても個人保証などの担保を取られてしまう場合が多い。
一方、エクイティファイナンスの場合、会社の支配権を握られることになる。そこで例えば、これまでは業績が悪化した企業向けに使われることの多かった劣後ローンの仕組みを成長志向の中小企業に適応する、議決権のない新しい種類株を発行するなどの手法が考えられる。
もうひとつの重要な視点がM&Aだ。長い間、成長していない会社であっても、優秀な経営者が買収すると途端に業績が伸びたというケースは多い。
例えば、世界シェアトップレベルの技術企業をまとめた経済産業省の2020年版「グローバルニッチトップ企業100選」のリストに、設備メンテナンス業の京西テクノスという会社がある。同社は、製造業などの大企業がグループ内の設備メンテナンスを担う事業部隊をカーブアウトする際に積極的にM&Aを行い、23年度の売上高は144億円と過去20年間で約10倍に拡大した。大企業では必ずしも十分な経営支援を受けていなかったメンテナンス部隊を有能な経営者が買収することで、アントレプレナーシップの多重利用ができるようになったのである。