5月初旬の暖かい日にもかかわらず、黒のタートルネックに黒のブレザーという重苦しいファッションに身を包んだビノッド・コースラは、米連邦議会議事堂の施設の深部にある講堂を埋め尽くす人々を見渡すと、今回の議論に何がかかっているのかを説明する。「人工知能(AI)競争に勝利するということは経済力を手に入れることを意味し、ひいては社会政策や思想に影響を及ぼすことができます」。
コースラの、中国の優れたAI開発能力は今度の米大統領選への脅威になりうるという主張は、タカ派の議会スタッフや政策マニアが入り交じった聴衆の共感を呼ぶ。彼らが参加しているのは、安全保障とテクノロジーに関心を寄せる超党派組織、ヒル・アンド・バレー・フォーラム主催のAIと防衛に関する会議だからだ。会場に集まった人々にとっては、AIの安全保障上の影響、特に米国の敵対国が手にした場合の影響は差し迫った重大問題である。コースラはこの日、米国の主要なAIモデルに鍵をかけ、より広く利用されないようにするための行動を呼びかけた。これは彼が、本拠地のシリコンバレーで展開されている、より大きく激しい論争の渦中に身を置いていることの表れでもある。
サン・マイクロシステムズの元最高経営
責任者(CEO)で、コースラ・ベンチャーズの創業者であるコースラと、同業の投資家や起業家たちは、ある点においてはおおむね同意している。AIはメインフレーム(大型コンピュータ)やパソコンに比肩する技術革命の到来を告げているということだ。それどころか、同じくビリオネアでグレイロックのパートナーであるリード・ホフマンに言わせれば、AIは自動車や蒸気機関に匹敵するという。低費用で診てくれるバーチャル医師がすべてのスマートフォンに搭載され、すべての子どもが無料で家庭教師を利用できる世界がやって来るかもしれない──。AIは大いなる平等化の役割を果たしうる。つまりデフレを可能にする“チートコード(裏技)”として、命を救ったり貧困を減らしたりする手だてになりうる。「人間を単調な重労働から解放することができるのです。例えば40年にわたって組み立てラインで1日8時間働くというような苦役から」とコースラは言う。しかし、こうした夢のような世界の実現は恐ろしい対価を伴いかねない。過去のテクノロジーの重大な転換点とは比べものにならないほど有害な、予期せぬ事態をもたらす可能性がある。例えば中国との悲惨なAI軍拡競争だ。ソーシャルメディアが文化戦争を引き起こし、“真実”というものを武器化したなら、AIだってどんな2次被害を引き起こすかしれない。